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約の翼
美しき貴人
 血よりも深く、薔薇よりも紅い絨毯を踏みしめ、長い廊下を歩く一人の女性の姿があった。
 否、正しくは彼女が歩いている訳ではない。何故なら女性は、のっそりと我が物顔で廊下を歩く、ヒトコブラクダの上に乗っているからだ。

 年の頃で言えば二十歳から半ばくらいだろうか。見る者をはっとさせる美貌を持つ美しい貴人であった。伏せれば影を作る長い睫毛に、白磁の肌は僅かに薔薇色に染まっている。
 綺麗過ぎる泉に生物が棲めないように、薄青の瞳はどこまでも透き通っていた。
 しかしその美しい瞳を見続けていれば魅入られしまうのではないか。そう思わせる魔性のようなものが彼女の瞳にはあった。

 長い白金の髪は闇の中で光る一点の星のように輝いており、ダイアモンドやルビーなど様々な貴石を散りばめた王冠を頭に乗せている。身に纏う外套は深い色合いの紺の天鵞絨(てんがじゅう)だった。

 だが廊下の真ん中(しかも豪奢な絨毯の上)をヒトコブラクダが独占している割にはすれ違う者、誰も文句も言わない。それ所か傍を通る度に皆、恭しく礼をするのだ。
 それもそのはず、彼女――パイモンはルシファーの忠実な部下にして元主天使、現在は二百の軍団を従えし西方の王である。
 ヒトコブラクダの歩みは遅く、自分の足で歩いた方がいいのではないのか。他者ならそう思うだろうが、彼女は気にも止めない。
 あらゆる学、術に通じ、ベルゼブルと並ぶ強大な力を持つ堕天使ではあるが、実はラクダのようにマイペースなのかもしれない。

「ベリアル、いい加減に姿を現しなさい。西の王である私が直に貴方を訪ねていると言うのに」

 唐突にヒトコブラクダの歩みが止まる。
 彼女が口を開いた瞬間、辺りが轟音に震えた。何十もの獣の唸り声ではないのか。そう思わせるほどの轟音が響き渡る。彼女の傍に置かれていた調度品は吹き飛び、絨毯までもがめくれ上がった。
 パイモンはこれでも加減をしているのだ。彼女が本気で声を出せば地獄の城とて無事では済まない。
 するとこれ以上、城を壊されては不味いと思ったのか、彼女の前に一枚の扉が表れる。パイモンは不機嫌そうな面持ちで金縁の扉を潜った。



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あきゅろす。
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