誓約の翼 穏やかな時間 次に場を満たしたのは沈黙だった。ノルンもシグフェルズも、一言も喋らない。それでも決して不快ではない沈黙だった。二人の間に流れる空気を、何と表現すればいいだろう。生憎とノルンには分からない。それを表現する言葉など持たないからだ。 ゆっくりと時間が流れるような感覚。 聖人の儀までそれほど時間がないというのに、今はそんなこと気にならなかった。彼といる時間はいつだって穏やかで、それでいて甘い疼きを伴うもの。そう気づいたのは最近だ。何も話さなくても、気にならない。シグフェルズと出会って初めて、こんなにも心穏やかな時間を知ったのだ。 「アーゼンハイト様」 静寂を破ったのは、男性の声だった。振り向いた先には、白い衣を纏った聖職者の姿。その後ろには悪魔祓いとルーファスの姿がある。シグフェルズの迎えだ。いくら逆十字の活動が下火になったとは言え、まだ油断は出来ない。シグフェルズは五年ぶりに現れた聖人なのだ。逆十字が闇ならば、彼の存在は信徒と聖職者に光を与える。 儀式の主役であるシグフェルズは、最後に姿を現すことになっていた。 少しだけ残念だと思った自分に驚き、何とも言えない気持ちになった。別に明日から会えない訳ではないのだ。ただ、全ては変わっているだろう。彼を取り巻く全てが。 シグフェルズも覚悟は出来ているだろうし、今更引き返すことも出来ない。それでも、聖人の儀が終われば、彼は彼であって彼でなくなってしまう。 「はい。……じゃあ、ノルン。また後で」 「また、後で……」 じゃあ、と手を振り、ルーファスたちと共に去るシグフェルズをノルンはどうにか笑って見送った。寂しい気持ちになるのは何故だろう。寂しくなんてなる必要はないのに。 一人残されたノルンはため息をつき、窓を眺める。すると、外に白いものが舞っていた。先ほどまでは降ってすらいなかったのに。雪の華は触れてしまえば、泡沫のように消えてしまうだろう。 「どうしたんだ、嬢ちゃん。寂しくでもなったか?」 「……グレン」 どこかからかうような声の主。顔を見ずとも分かるだろう。しかし振り向かない訳にはいかないため、仕方なく彼の方を向いた。視界に入った人物は、ノルンの予想通りの人物。異端審問官グレン・キーツ。今まで目にしたどの人物より聖職者らしくない。勿論今日も、全く儀礼用の聖衣が似合っていなかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |