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約の翼
悔しいから
別室に向かったまでは良かったが、ノルンを待っていたのは、彼女にすれば苦痛という他ない準備だった。既にシグフェズと引き離されたため、彼がどうなったかは分からない。恐らくはノルンと同じ目に合わされていることだろう。いや、もっと酷いはずだ。彼は言わば儀式の主役なのだから。
儀礼用の聖衣を脱いだノルンは、聖人の衣装に着替えていた。とても一人では着られないため、手伝ってもらって、だ。聖人の衣装には見習いも正式もない。そのため、細部のデザインはやや異なるものの、ハロルドとほぼ同じものだった。

金糸と銀糸がふんだんに使われ、複雑な刺繍が施されている。裾は本当に床につくほどだし、雫のような貴石が幾つも縫いつけられていた。何枚も薄い衣を重ねて着ているせいか、肩がこりそうだ。
他にも細い銀と金の鎖がついており、動くとしゃらしゃらと涼やかな音がする。見る分は良いだろうが、着ている方は楽しむ余裕もない。
髪も丁寧にくしけずられ、少しくすぐったかった。

鏡がないため、自分では見ることが出来ないが、見たいような見たくないような、複雑な気持ちだ。現在、シェイアードにいる聖人で女性なのはノルンだけであるため、ここにいるのはノルンを除いて世話役であるシスターだけ。
恥ずかしいも何もないのだが、落ち着かない。

「お疲れ様でした」

「……ありがとう」

手伝ってくれたシスターたちに礼を言い、部屋を出る。廊下にはなんと、シグフェルズが待っているではないか。他の聖職者たちの姿はない。突然のことで声が出ず、ただ彼を見つめることしか出来なかった。本当に光に愛された聖人のようだったから。
窓から漏れた橙色の光がシグフェルズの琥珀色の髪を輝かせる。まるで黄金のようだ。髪も、紅茶色の瞳も白い衣さえも輝いて見えた。景色を眺めていた彼の視線がノルンに向く。その瞬間、柔らかく微笑むシグフェルズ。

「ノルン?」

「……何でもない。少しびっくりしただけ」

こちらを見るシグフェルズは、本当に不思議そうだ。何でもないと首を振って答え、もう一度彼を盗み見る。悔しいが、やはり文句なく似合っていた。まるでシグフェルズのために誂えたかのよう。同じ物を着ているはずなのに。

「とてもよく似合ってる。綺麗だよ」

「別に、そんな……。でも、ありがとう」

平然と綺麗だ、と言われ、戸惑いつつも、どうにか礼を言う。だって悔しいではないか。ここで恥ずかしがりでもしたら。シグフェルズが思わなくても、ノルンが嫌なのだ。



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