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約の翼
失って気づくもの
教皇専用の祈りの間に、二つの影があった。一つは純白の聖衣を纏った青年、だろうか。女性にしては背が高い。金糸を紡いだような煌めく髪、天上を思わせる青の瞳。
抜けるように白い肌には一点の染みもない。整った顔立ちは中性的ではあるが、どちらかと言うと、女性に近いだろう。金糸で刺繍が施された聖衣に白のストールにミトラ、と輝くばかりの出で立ちだ。
彼、もしくは彼女は、祈りを終えた人物に声を掛ける。

「いよいよ、ですね」

「……ああ」

立ち上がり、顔を上げたのは若い男。年の頃は二十代後半ほどだろうか。祈りの間でも一際目立つ長い金茶の髪と、古来から重宝されて来た翡翠を彷彿とさせる瞳。青年と同じく白い聖衣を纏っているが、青年とは比べ物にならないほど豪華なものだ。
ふんだんに使われた金糸と銀糸。付けられた装飾も多く、正に輝くばかり。肩に掛けるストールは白い色と相まって、まるで天の使いが持つ翼のよう。
ただ、頷く彼の表情は少しだけ暗い。

「本当に大変なのはこれから。それでも私は信じているよ。あの子たちを」

男――アルノルドの言うあの子たち、とはノルンとシグフェルズたちのことだ。今日、聖誕祭が終わった後に行われる聖人の儀。そこで初めてシグフェルズは聖人と認められる。その力を皆の前で披露することによって。
あくまでも儀式の主役は彼だが、現在シェイアードにいる聖人たちも参加するため、ノルンとハロルド、そしてアルノルドも入れると、六、七人程だろう。

聖人がアルトナ教徒、そして聖職者達に与える影響は大きい。本人が望む、望まずに関わらず。
それはアルノルドとて同じ事。彼らが見ているのは聖人であり、教皇である自分であり、『アルノルド』ではないかもしれない。それでもアルノルドは自ら選択した。そして彼も、否、彼らもまた。

「私もです。きっとシグフェルズさんなら乗り越えられるでしょう。人は誰かを想うことで強くなれるのですから」

「でも、それはミシェルたちも同じだろうに」

「そう、なのでしょうか……?」

困惑気味に胸に手を当てるミシェルに、苦笑するアルノルド。持ちうる力は違えど、彼らにも心はあるのだから。人は確かに誰かを想うことで強くなれるが、逆に憎しみを抱くこともある。それは天使も同じ。だからこそ、天から堕ちた者もいた。
女神が彼らに心を与えたのは、彼らもまた慈しむべき子らだから。

「ミシェル。誰かを想う気持ちは弱さでも悪でもない。自分の気持ちに正直でいた方がいい。大切なものを失ってからでは遅い。否、人は失って気づくものなのだろう」

誰かを想う気持ちは尊いもの。決して弱さでも悪でもない。大切なものを失ってからでは遅い。それでも、人は、心あるものは、失って初めて大切なものに気づくのだ。何気ない日常やいつもそばにいてくれた人。本当に人とは業が深い生き物だ。



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