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約の翼
逃れえぬ過去
 僕に力があれば両親と兄を救えたのだろうか。僕の目の前で父と母は死んだ。……悪魔憑きとなった兄の手で。あんなにも優しかった兄さんが笑いながら両親を殺した。
 望んだ力など手に入らなかった。
だから僕は教戒に入った。僕に精霊因子を、魔術を操る力はない。だけど後悔はしていない。何故なら全てを忘れて生きていくことなど不可能なのだから。


 シグフェルズ・アーゼンハイトは、背中を苛む痛みに目を覚ました。目を開ければ、一点の染みもない白い天井。辺りはまだ暗く、カーテンの隙間から覗く月の光がまだ夜中だということを教えてくれた。

「くっ……」

 断続的に背中を襲う痛みに歯を食いしばって耐える。僅かに声が漏れるが、同室の人物に心配を掛けたくない一心で口を抑えた。
 闇の中に彼の金に近い琥珀色の髪が揺れる。普段は穏やかな光を湛える紅茶色の瞳は、今やシーツを掴んで痛みに耐えるのに精一杯だ。

 滅多にないのだが、今夜のように彼の背中に刻まれた古傷が激しく痛む時がある。魔術で治そうにも、高位の悪魔によって付けられた傷は、治すことは出来ないと、魔法医療師に断言されたからだ。
 そう、この傷は悪魔に魂を売った兄につけられたもの。だから、ただひたすらに痛みが治まるのを待つしかない。癒えぬ烙印。これがある限り逃げられないのだ。過去からも兄からも。

 あれから何分経ったのか、あるいは何十分だったのか痛みが徐々に治まってくる。いつの間にか荒くなっていた息を整え、シーツから手を離す。かなり強く掴んでいたのだろう。随分と皺になっている。
 汗で湿った服を着替えようと脱げば、背中には真っ赤な血がついていた。血は直ぐ洗わなければとれなくなる。
 だがこんな夜中には無理だし、同室のロヴァルが物音で目覚めるかもしれない。

 シグフェルズは、側に置いてあるタオルと包帯、着替えを手に取った。滲み出た血を拭き、包帯を巻いて服を着る。着ていた服を血がついた部分を見えないように畳んで、同じ場所においた。
 着替えたからと言って到底直ぐに眠れるはずがないのだが、明日は実習だ。寝不足で挑む訳にもいかない。シグフェルズは仕方なく瞳を固く閉じ、眠りについた。



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