誓約の翼 見えない線 「わたしはね、クロト。『聖人』を怖いとは思わない。確かに特別かもしれないけど、普通の人と何も変わらないのに。わたしも少しだけなら気持ちが分かるから」 確かに聖人は『特別』なのだろう。女神アルトナに愛された、光を宿す者。彼らは悪魔に対して絶対的といえる力を持つ。 ノートを閉じ、眼帯ごしに左目に触れた。ラケシスはノルンやシグフェルズのような聖人ではないが、ほんの少しだけなら彼らの気持ちが分かる。 例え特別な力を持っていても、聖人は普通の人と何ら変わらない。魔導師と同じなのだ。精霊因子を操る異能の才を持つ自分たちと同じように。 それに、ラケシスも聖人の力とは違うが、特殊な『力』を持っていた。 彼らのように『光』に属するものではなく、どちらかと言えば闇だろう。ラケシスの一族が代々受け継ぐ力、魔眼。 今は力の全てを左目に移し、眼帯で封じているが、魔眼を使えば人の死を視ることが出来る。 だが死を視る目を持っていても、ラケシスは人間だ。他の人々と変わらない。聖人だから、魔導師だからではない。 普通の人々が魔導師に対して見えない線を引いているように、魔導師もまた聖人に線を引いているのだ。 「……俺もだよ」 「わたしにはクロトがいたから……」 黒板消しを置いたクロトも、目を伏せて頷く。ラケシスとはまた違った力だが、クロトにも特殊な力がある。 触れることによって人の心や記憶を読む力。 ラケシスが眼帯によって魔眼の力を封じているように、クロトも耳につけた緑柱石の耳飾りで力を抑制している。 ある意味では死を視るよりずっと辛い力かもしれない。 「だから、わたしたちはシグフェルズさんやノルンさんのそばにいよう? 例え皆が離れていっても」 ラケシスはノートと教科書、筆記用具を持つと、クロトに歩み寄り、彼の手を取った。 聖人だから何だというのだ。聖人だろうと無かろうと、ノルンはノルンだし、シグフェルズも同じだ。生きて呼吸している生身の人間だ。自分たちと同じ。 シグフェルズが聖人であることが明かされれば、彼を取り巻く全ては変わるだろう。 彼と仲良くしていた者たちも距離をおくかもしれない。分かっていてもシグフェルズは傷つく。ラケシスたちに出来るのはほんの僅かなことかもしれない。けれど、 「ああ。俺たちくらいは平然としていよう。どこか抜けたあいつと、素直じゃないアルレーゼのために」 「うん!」 クロトが笑っていた、苦笑していた。笑うことが少ないあの彼が。 ラケシスにとって、ノルンもシグフェルズも、大切な友人だ。クロトを除いて出来たはじめての『ともだち』。今まではクロトがいてくれればそれで良かった。でもそれでは駄目だから。つられるようにラケシスも笑い、嬉しそうにクロトの手を振り回した。 [*前へ][次へ#] [戻る] |