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約の翼
聖人と凡人
ありがとう、とはにかむように笑い、部屋を後にするノルン。そんな少女を見ていたのはシグフェルズだけではない。帰ってきたロヴァルもだ。
普段滅多に笑わないノルンの笑顔は、ロヴァルには衝撃的だったらしい。顔を赤くしてぽかんと口を開けている。その固まりようと言ったら、シグフェルズも驚くほどだった。

「ロヴァル……?」

瞬きもしないルームメイトの目の前で、シグフェルズは手を振ってみせる。
おーい、と。すると我に返ったのか、彼は素早くシグフェルズの隣に移動して耳打ちした。

「アルレーゼってやっぱ美人だよな」

「……そうだね」

何を考えているのか思えば、そんなことか。ノルンが人を惹きつける容姿だというのは前から知っている。ロヴァルや同じ見習いの悪魔祓いたちが、今までノルンに近寄らなかっただけだ。

笑えば随分印象が変わる。大人びた少女から歳相応の少女へと。以前のノルンは自分の殻に閉じこもり、心を閉ざしていた。
本来の彼女は決して冷たい少女ではない。ただそれを上手く表に出せないだけで。

「……ノルンは優しいよ。ロヴァルたちが知らないだけで。今度、話しかけてみたら?」

「確かに変わったよな。シグと特別授業始めてからじゃないか?」

ロヴァルはノルンが変わったというが、シグフェルズにはあまり実感が沸かない。
もともと、彼女は他人を思いやり、案じることの出来る人物だ。何にも関心のないような態度を取っていたのは、全てを拒絶していたから。

「そうかな?」

「そうだよ。おい、シグ。お前一体どうやって氷の乙女の心を溶かしたんだよ」

「どうやってって、別に特別なことはしてないけど?」

氷の乙女、とはノルンのことなのだろう。ロヴァルに疑わしげな視線を向けられ、思わず後ずさる。
どうしてここまで食いついてくるのか分からないし、そもそもシグフェルズは何もしていないのだ。するとロヴァルは、ノルンが出て行った扉を見つめてこう言った。

「でもさ、アルレーゼは聖女サマだぜ? 俺たちとは住む世界が違うっていうかさ」

「……住む世界が違う、か」

ロヴァルの言葉に全てが込められている気がした。聖気を大量に操れることを除いて、聖人は普通の人間と何ら変わらない。それなのに敬われ、同時に恐れられる。同じ生身の人間なのに。
これもノルンが他人を避けていた理由の一つかもしれない。

「シグ?」

「……なんでもない。それよりロヴァル、お昼行かない?」

シグフェルズが聖人だと分かればきっと、自分に対する彼の態度も変わるのだろう。“シグフェルズ”ではなく、“聖人”としてでしか見てくれなくなる。
責めても仕方ないことは分かるが、やはり寂しかった。

不思議そうな顔をするロヴァルに曖昧に微笑むと、彼を連れて自室を出る。
普通の人間と聖人の壁は、シグフェルズが思うよりずっと高かった。



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