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約の翼
ありがとう
「本当にありがとう、ノルン。君のお陰だよ。君がいたから生きたいと思えた。兄さんを解放することが出来た。何度お礼を言っても足りない」

「そんなこと……。私は何もしてないのに」

ありがとう、とシグフェルズはノルンの手を取った。彼は礼を言うけれど、ノルンは何もしていない。全てシグフェルズがしたことだ。
彼が皆を動かした。だから礼を言われるようなことはない。俯くノルンにシグフェルズはゆっくりと首を振る。

「そんなことないよ。君が僕に教えてくれたんだ」

「……私の方こそ、シグのお陰でこの力が嫌いじゃなくなったから」

ノルンの方こそ、彼と出会って様々なことを学んだのだ。閉ざされていた世界が一気に広がって、色を帯びた。忌まわしい、嫌っていたはずの聖人の力。シグフェルズに出会わなければこの力を嫌ったままだっただろう。
この力で誰かを守りたい。まさか自分がそう思うようになるなんて想像すらしていなかった。

「……良かった。僕でも君の力になれたんだ。君は誰かに守ってもらうほど弱い子じゃない。でも、守りたい。君が僕を守ってくれたように」

守りたい。そう言ったシグフェルズの瞳から目を逸らせない。
何時になく真剣な表情の彼はいつも穏やかなシグフェルズとは別人のように見える。

もし他の誰かに言われたのなら、余計なお世話だと即座に言っていただろう。守ってもらうほど弱くはない。自分の身くらい自分で守れる。
けれど、ノルンの心を満たしたのは怒りでも呆れでもない。嬉しさだった。

「……守られるだけじゃない。私だってシグを守りたい」

正直に言うのは恥ずかしくて、どうしてもつっけんどんな言い方になってしまう。
気分を悪くしていないだろうか。ノルンが恐る恐るシグフェルズを見上げた時だった。

「おーい、シグ。いるか!」

声と共に現れたのはシグフェルズと同室のロヴァルである。慌ててシグフェルズから手を離す。
ロヴァルもまさかノルンがいるとは思わなかったようで、ぽかんと口を開けて二人を見つめていた。

「じゃあ、私もう行くから」

余計なことを言われる前にさっさと出て行った方がいい。それ以上に恥ずかしくて、今直ぐ彼らの前から逃げたかったのだ。
するりとロヴァルの横をすり抜け、ドアノブに手をかけたところでシグフェルズの方を振り返る。

「……あの、ありがとう、シグ」



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あきゅろす。
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