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約の翼
穴があったら入りたい
訓練が終わったノルンはシャワーを浴び、シグフェルズの部屋に向かった。無性に会いたくなったのだ。用事なんてないし、頻繁に異性の部屋に足を運ぶのはあまりよろしくないと分かっている。
けれど会いたかった。顔を見たかった。ただ気になっただけだと自分に言い聞かせて。

扉を開けた先にはシグフェルズ。目がいったのはやはり背中の傷だろう。肩から腰にかけて走る傷。以前、魔に侵されていたそれは浄化された。
今はただの傷跡に過ぎず、彼を苦しめることもない。

驚くシグフェルズをよそにそっと背中に手を当てる。何度見ても慣れることはない。あまりに痛々しい、十七歳の少年が背負うには大きすぎるもの。
今なら治癒魔術で跡形もなく消すことが出来るだろう。
でも彼は、今はこのままでいいと言った。いつか亡き兄に胸を張って立派な悪魔祓いになったと言えるまでは、と。

「……シグは弱くなんてない」

両手を当てたまま、今度は背中に耳を寄せる。トクトクと力強い鼓動が聞こえた。この時ばかりは恥ずかしいなんて思わなかったし、そんなこと頭になかった。
シグフェルズは弱いというが、ノルンはそうは思わない。
弱いのなら前に進めるはずがない。彼は兄の死をちゃんと受け止めて、前に進もうとしているではないか。心に負った傷は決して浅くないというのに。

「ノルン……」

「だからそんなこと言わないで」

「……君がいてくれるから、だよ。君と出会ってなければ僕はここにいない。ノルンが気づかせてくれたから」

ノルンと出会わなければシグフェルズは生きたいと思うことはなかっただろう。彼女が気づかせてくれた、シグフェルズに生を与えてくれた。

「本当にそう思う?」

「そう思う。君は僕の光だから」

ノルンからシグフェルズの顔は見えない。けれどその声は僅かに熱を孕んでいた。
それはまるで恋人に囁く睦言のようで、嫌でも意識してしまう。そこでノルンははた、と気づく。自分は今、何をしている?

上半身裸のシグフェルズの背中に耳を寄せているではないか。恥ずかしいなんてものではない。
弾かれたようにシグフェルズから離れる。穴があったら今直ぐにでも入りたかった。



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あきゅろす。
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