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約の翼
傷跡
訓練を終えたシグフェルズはシャワーを浴び、自室に戻っていた。ルームメイトのロヴァルは別の授業に行っているためか、部屋にはシグフェルズ一人だけ。ノルンとの特別授業のお陰もあり、友人たちには不審に思われることもない。シグフェルズが聖人の力を制御する訓練を受けている時はノルンも同じように力の調整をしている。
よって彼らは疑うことなく特別授業だと思っているのだ。

シグフェルズは着ている白の長衣を脱ぎ、見習いの悪魔祓いの証である黒の聖衣を手に取る。その瞬間、がちゃりとドアが開く音がした。
随分早いがロヴァルが帰ってきたのだろうか。何となくそう思っていると、

「シグ?」

顔を覗かせたのはロヴァルではなく、何とノルンだった。シグフェルズのような白い長衣ではなく、黒の聖衣を纏っている。ノルンもシグフェルズもお互いを見やったまま固まっていた。
彼女もまさかシグフェルズが着替えているとは思わなかったのだろう。ズボンは履いているが、上は何も着ていない。慌てて聖衣を着ようとする。

「ご、ごめん。すぐに着るから」

「この傷……」

「え……?」

慌てるシグフェルズを尻目にノルンはゆっくりと近づいて来る。そしてそっと彼の背中に触れた。正確にはベリアルにつけられた傷に。
そこにはもう咎の烙印を示す紋様はなく、茨の刻印もない。肩から腰にかけて斜めに走る醜い傷跡があるだけだ。

ノルンからはほのかに良い香りがした。シャワーを浴びたのだろうか。よく見ると抜けるように白い肌がほんのりと薔薇色に染まっている。気にしないようにしたいのに意識してしまう。
勿論、彼女はシグフェルズの思いなど知るよしもないが。

「治さなくていいの?」

「……うん、いいんだ。僕は弱いから。この傷があった方がいい。僕がいつか兄さんに、胸を張って悪魔祓いだって言えるようになるまで消すつもりはないよ」

背中に添えられた彼女の手。自分ではない熱。
背中の傷がシグフェルズを苛むことはもうない。浄化された傷跡は治癒魔術で跡形もなく消すことが出来る。
けれど、今はこのままでいい。この傷は戒めだ。いつか胸を張って立派な悪魔祓いになったと兄に報告出来るまでは。



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