誓約の翼
焦りは禁物
「で調子、どう?」
「ぼちぼち、と言えばいいんですかね。でも、まだ僕じゃ長い時間、力は使えないようです」
にこにこと笑って尋ねるハロルドにタオルで汗を拭いながら苦笑するシグフェルズ。聖人の力は魂の資質。魔術を扱えるか否かは関係ない。だが聖人の力を使う際、魔術を操る時をイメージすると力を制御し易いと言う。
しかしシグフェルズはノルンやハロルドのように魔術を使うことが出来ない。全て手探りの状態なのだ。
どうにか自分の意思で力を使うところまではこぎ着けた。だが今のシグフェルズは長い間、聖人の力を操れないのである。
「そっか……。こればっかりは同じ聖人でもアドバイス出来ないからなぁ。聖人の力を使いこなせないようじゃ実戦で困るし。貴重な戦力だからね」
「すみません……」
悪魔に対して絶対的な力を有する聖人。その数は少なく、ノルンとハロルド、そして教皇アルノルドを入れても二十名にも満たない。貴重な戦力を遊ばせておくほど教戒に余裕はないのだ。
一刻も早く力を操れるようにならなければ……。そう思えば思うほど上手くいかない。
すると何を思ったのか、ハロルドはシグフェルズの首に手を回して引き寄せると、乱暴に髪をかき回した。
「ほらほら、そんなに焦らないの。あんまり焦ると出来るものも出来なくなっちゃうよ。オレは別に急かしてる訳じゃないの。でも力を使いこなせないとシグが危険だからね」
「……はい。すみません」
くしゃくしゃにされた髪を手ぐしで整えながらシグフェルズは目を伏せた。ハロルドの言うとおりだ。焦りは集中力を奪う。聖人の力を操るのに集中は必須。
またも謝る少年にハロルドは苦笑するが、何か思いついたのか悪戯っ子のように、にっと笑った。
「だから謝らなくていいんだって。そんな子にはお仕置きだ!」
「ハロルドさん、止めて下さいよ」
嫌がるシグフェルズなどお構いなしに折角整えた髪を再びかき回す。首に腕を回されているせいか抵抗もままならないし、力でハロルドに敵うはずがない。
兄の最後の言葉がずっと耳に残っている。
『僕の代わりにシグを導いてやってください。あなた方が共に歩んでくれるなら、思い残すことはありません』
ハロルドが今まで以上にシグフェルズを気にかけてくれるのはアルドの言葉があったからではないのか。
「……誰に頼まれたからじゃない。オレはオレ自身の意思でシグのそばにいる。彼の代わりにはとてもなれないけど」
「兄さんの代わりなんて必要ありません。……ありがとうございます」
まるでシグフェルズの考えなど見透かしたように言うハロルド。シグフェルズはただ礼を言う事しか出来なかった。三年前、全てを失った自分に悪魔祓いの道を示してくれた彼。
アルドとは全てが違う。けれどハロルドもシグフェルズの兄のような存在に変わりない。
欲しいのは兄の代わりではないのだ。だからハロルドが己の意思でそばに居ると言ってくれて、何よりも嬉しかった。
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