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約の翼
当たり前のこと
シグフェルズの背から広がる琥珀色の翼。美しい金細工の蝶の翅を思わせるそれは、弱々しさなどまるで感じさせない。優美で、それでいて強さを兼ね備えたしなやかな翅。
だがそれは僅か二十秒ほどでかき消えた。

『大天使級第二簡易結界解除。お疲れ様でした』

無機質な声と共に室内を覆っていた光の膜が霧散する。息を切らし、膝をついたシグフェルズの額には汗が浮かんでいた。
まだ殆ど力を扱えない。聖人の力は思うよりずっと体力と精神力を削り取る。本来人が扱うには大きすぎる力だ。

実際、力を制御しようとすると苦しい。体を千々に引き裂かれるようだ。少しでも気を抜けば強大すぎる力に飲み込まれてしまう。けれど、

『……でもノルンやハロルドさんは耐えてきた』

どうにか呼吸を整えて立ち上がる。ノルンやハロルドは聖人の力に耐え、己の力としていた。一朝一夕で出来るはずがない。焦っても仕方がない、頭では分かっているのだが、やはり焦りは募る。

握り締めた手を見つめ、考える。守るための力。ずっと手に入らないと思っていたもの。
この力を使いこなすことが出来れば、今度こそ守れるのだろうか。大切なものを。

ハロルドや自分を案じてくれるクロトたち、そして何よりノルンを守りたい。彼女は大人しく守られているような姫ではないし、矜持がそれを許さないだろう。言うなれば姫騎士。

額を伝う汗を拭おうとして、反射的に投げられたものを掴み取る。シグフェルズに向けて投げられたもの。
それは太陽の匂いがする白いタオルだった。

「お疲れ、シグ」

「ハロルドさん!」

ひらひらと手を振りながら現れたのは、ワインレッドの髪をした美貌の司教。片方だけ覗く琥珀の瞳は子供のように煌めいている。
光の監視者、神の友の二つ名を持つ異端審問官ハロルド・ファース。

タオルを寄越したのは間違いなく彼だ。シグフェルズはハロルドに礼を言うと、流れ落ちる汗を拭き取った。ふとタオルを離し、ハロルドを見つめる。

「ハロルドさん。何か吹っ切れたような顔してますけど、どうかしましたか?」

「いや、別に。オレはオレだなって思って」

「当たり前でしょう? ハロルドさんはハロルドさんです」

琥珀の瞳を細めて笑うハロルド。そんな彼を見たシグフェルズは、不思議そうに首を傾げる。当たり前だと言わんばかりの少年に、ハロルドは肩を揺らして笑った。
当たり前のこと、忘れてたよ、と。



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