誓約の翼
彼が背負う覚悟
もうどこにも悪魔の痕跡は残っていない。幻のように消え失せてしまった。やはりただの悪魔ではない。こうして生きていられることは僥倖だろう。
気が抜けた所で体が震え始めるが、それより先にすることがある。
「シグ!!」
急いでうずくまるシグフェルズに駆け寄った。
彼の苦しみようは尋常ではない。既にバクルスを維持することも出来ず、銀の十字架は石畳に転がっている。大きく肩で息をする彼はどう見ても大丈夫ではない。
触れた背中は黒い服のために分かりづらいが、血で滲んでいた。
ノルンは彼の血がついた手を握り締めると、一言断わって聖衣を脱がせて傷の具合を確かめる。白い肌に無残に走る傷、兄の手によって付けられた傷が開いていた。
確かに壁に叩きつけられたが、その衝撃で傷が開くはずはない。もう三年前の傷だ。
だが現に背中からは鮮血が滴り落ちている。早く止血しなければ……。
シグフェルズが持っていた紙袋の中から包帯を取り出し、きつめに巻いて行く。
本来なら消毒したいところだが生憎ここにはない。治癒魔術が使えれば一番良いのだろうが、ノルンに治癒魔術の才はないし、この傷には魔術も効かない。
「ごめん、手間掛けさせて……」
俯いたままのシグフェルズが搾り出すように声を発した。この様ではとても兄と契約した悪魔を倒し、兄を救うことなんて出来ない。ノルンに助けられた不甲斐ない自分に腹が立った。
悔しい。シグフェルズではノルンのように悪魔と対等に渡り合うことなんて無理なのかもしれない。彼女のように聖人の力も持たず、魔力も持たない自分には。
「そんな事、気にしてないから。立てる?」
「大……丈夫」
シグフェルズは心配ないよ、と微笑むとふらつきながらも一人で立ち上がり、落ちていた紙袋を拾った。
無理しなくていいのに。辛そうに笑う彼を見るのは心が痛い。シグフェルズが背負う覚悟を知るが故に、ノルンは黙って彼の隣に並ぶことしか出来なかった。
シグフェルズに歩調を合わせ、ノルンは教戒へと戻って来た。その途中、シグフェルズは何度か辛そうな顔をしたが、最後まで助けを借りることはなかった。
恐らくは通り魔と関係がある悪魔については、ハロルドに報告すべきだろう。異端審問官であり、正式な悪魔祓いである彼なら詳しい事情に通じてもいる。
「あれ……ハロルド?」
「取り込み中みたいだね」
大聖堂の前に差し掛かった時だ。ノルンの視界を鮮やかなワインレッドが視界を横切った。
シグフェルズの方も顔色も良く、だいぶ楽になったらしい。確かにハロルドである。しかも一人ではない。誰かと一緒にいるようだ。遠くからでは分かりづらいが、恐らくはノルンたちと同年代の少年少女たちだろう。
金髪の少女と青灰色の髪の少年、ライトブラウンの髪をした少年、菫色の髪の少女に朱色の髪の少年の五人である。
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