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約の翼
縛める光鎖
「いいわ。相手してあげる」

 言うなりノルンは、石畳を蹴って女に肉薄する。薄暗い路地にバクルスが閃いた。
 だが女は次々とくり出される一撃を難なく受け流す。しかも素手でだ。魔力を纏わせているのだろう。女の両手は薄い紫色の燐光を帯びている。
 シグフェルズはノルンに加勢するどころか未だ立ち上がることさえ出来ずにいた。背中の傷が燃えるように熱い。
 魔術を操る魔力を持たない彼だが、精霊因子を視る力はある。シグフェルズの目には確かに、僅かだが集まり始める光の精霊因子が見えていた。

「その余裕、気に入らないわね。嫌いよ、そんな奴は」

 バクルスを振り下ろしながら、ノルンは瑠璃色の瞳で女を睨み付けた。不快感を露にする彼女に女は声を上げて笑う。いや、嗤った。
 女は攻撃を受け止めるだけで、何もしようとはしない。まるで玩具を見つけた子供が楽しんでいるかのように。

「いい加減、本気出してくれないかな? それともアイツを殺せば本気になる?」

 シグフェルズを見据えた紫の瞳に狂気の光が宿る。さあと血の気が引くのが分かった。言ったからには悪魔は自分を殺すだろう。
 しかしシグフェルズにはあの時と同じように強大な悪魔の力に抗う力はない。
 それは瞬く間の出来事だった。女が凄まじい速さでノルンの脇をすり抜け、シグフェルズに迫る。

「白き翼の眷属よ、我が声に応えよ。其は遥か悠久の時に潰えし意志にして遺志。我が導きにて揺らめく魂を光鎖へと変え、悪き者を縛めよ! レージング・レイ」

 だがそれを許すノルンではない。少女の口から紡がれた詠唱――精霊の詩により導かれた精霊因子が集束する。ノルンの眼前にまばゆい魔法陣が描かれたかと思うと陣から現れた無数の光の鎖が女の身体を拘束した。
 この女、いや悪魔が連続で発生している通り魔事件に関係していないはずがない。

 滅するよりも捕らえて思惑を聞き出さねばならないだろう。だが悪魔の身を拘束するのは、彼等を消滅させる以上に難しい。

「小賢しい」

 悪魔は舌打ちし、鎖から逃れようともがくが、ノルンも負けじといっそう魔力を込める。鎖を破壊しようとする悪魔の力と拘束しようとするノルンの力がぶつかり合い、光鎖が悲鳴を上げた。



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