誓約の翼
期待と落胆
「そうだ。明日街に出ようと思ってるんだけど、ノルンも一緒に来る?」
誰も居なくなった回廊を歩きながら、シグフェルズが尋ねる。もう五年近くシェイアードに居るが、ゆっくりと街中を歩いた経験は殆どない。もっぱら教戒の中から眺めるだけだ。
それに今までは街に出る余裕なんてなかったからだ。
「私は……どちらでもいい。けど通り魔のお陰で当分外出禁止じゃないの?」
ここ最近、シェイアードでは聖職者を狙った通り魔事件が多発している。幸い死者はまだ出ていないが、大怪我を負った者もいる。
犯人がまだ捕まっていない以上、無闇に出歩けない。それはノルンたち、見習いの悪魔祓いたちも同じである。
「それがね、通り魔は中央区から離れた東区に現れるみたいなんだ。一人は流石に無理だけど、中央区は人も多いし、二人なら外出届けを受理してくれるって聞いてね」
シグフェルズの言葉に軽い落胆を覚えたノルンは、そんな自分に驚いて立ち止まる。シグフェルズが心配してどうしたの、と声を掛けてくるが、まるで耳に入らない。
彼が自分を誘った理由は分かりきっている。なのに一体何を期待していたのだろうか。では何故、自分だったのか。多くの人間に囲まれているシグフェルズなら、わざわざ自分を誘わずとも誰か居るだろうに。
考えれば考えるほど、シグフェルズ・アーゼンハイトと言う人間が分からない。
「ノルン?」
自分の名前を呼ぶ声と間近にあるシグフェルズの顔。
暖かい紅茶色の瞳が心配そうにノルンの顔を覗き込んでいる。
ノルンは慌ててシグフェルズから顔を背けた。心臓に悪過ぎる。これではいつもと同じではないか。乱れた呼吸を何とか整えて顔を上げた。
「どうかな? 十時頃から行こうと思うんだけど、大丈夫?」
シグフェルズの方はノルンの変化に微塵も気付いていない。
ここまで鈍感なら、きっと他意なんてないのだろうがそれ故に腹が立つ。
しかしそれを彼にぶつけても、意味が無いことくらいノルンにも分かっている。という訳で平静を装って頷いた。
「ありがとう。明日、部屋まで迎えに行くから」
「え、あ、ちょっと……いいってば」
シグフェルズは顔を綻ばせて礼を言い、一方的に迎えに来ると告げてノルンを追い越した。
良いと言っているのにまるで聞こえていない。
「全く……仕方ないわね」
だが言葉とは裏腹にノルンは笑っていた。
たまにはこう言うのも悪くないかもしれない。行きたいような、行きたくないような相反する気持ちを楽しみながら、緩やかな足取りで自室の扉を開けた。
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