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約の翼
どんなに辛くても
「気持ちは分かるけど、急いては事を仕損じるとも言うでしょ? ここはベリアルの腹の中同然だから」

ぺたぺたと柱を触り、天井を見上げながらハロルドが言う。普段と何ら変わらない軽い口調で。確かに残された時間は少ない。少ないが、だからこそ慎重にならなければ。この空間はベリアルが自らの力を持って作り出したもの。言い換えればベリアルそのものと言ってもいい。

『虚偽と詐術の貴公子』の二つ名を持つ彼の悪魔は狡猾だ。一筋縄で行くとは思えない。
だからこそ、ベリアルそのものである空間を調べ、把握して置かなければいざという時に対応できなくては困るのだ。

「……さてと、行こうか」

「気は済んだか、ハロルド?」

「まあね。少なくても『ベリアル』本体はここにはいないな」

首から下げた十字架を弄びながらルーファスが問う。振り返ったハロルドは首を竦めて笑って見せた。力を探ってみたが、アルド以外の強大な力は感じない。
少なくても『ベリアル本体』はこの空間にはいないだろう。

「シグ?」

二人がそんな会話を交わす横で、ノルンはシグフェルズが先ほどから一言として喋らないことに気付く。
顔色が悪いように見えるのは気のせいだろうか。

「大丈夫、少し気分が悪かっただけだから」

「でも……」

シグフェルズは大丈夫だと笑ってみせるが、平気なはずがない。ハロルドは言った。
この空間はベリアルそのものと言っても過言ではないと。
咎の烙印が影響を受けないはずがない。

「行こう、ノルンちゃん。シグなら大丈夫だよ。それにどんなに苦しくても、貫き通すと決めたのはシグ自身だから。オレたちに出来るのは少し手助けすることだけだよ」

ノルンの肩に手が置かれた。ハロルドだ。彼の言う通り、それがシグフェルズの願いなら、叶えると決めた。彼は一人で戦っている。己の中の悪魔の力と。
どんなに辛くても弱音は吐かない。ならば自分たちも彼に応えなければ。

「……分かった。でも無理はしないで。こんなところで倒れられても困るから」

「ありがとう、ノルン」

そっぽを向き、歩き出すノルン。シグフェルズはそんな彼女の背中に感謝の言葉を投げ掛ける。ハロルドとルーファスはそんな二人を見て微かに笑い合い、彼らの後を追った。



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