誓約の翼
扉の先
「……でも、体は大丈夫なの?」
ノルンが何より気になるのは、シグフェルズの体調について。彼の体は咎の烙印に蝕まれている。最近はこうして立っていることすら辛いはず。
だが今の彼は顔色は悪いものの、足取りはしっかりしている。ノルンが心配そうにシグフェルズを見ると、彼は少し困ったような顔になった。
「まさか……」
「ハロルドさんに言って、痛覚を遮断する魔術を掛けてもらったんだ」
確かにその魔術を使えば、痛みを感じなくはなるだろう。だが神経に作用する魔術は、それ相応の危険が伴う。
「ハロルドさんを責めないで。僕が頼んだんだ」
「……ごめんね、ノルンちゃん。そうでもしないと、シグは長い間、立っていることも出来ないから」
申し訳なさそうに顔を伏せるシグフェルズに、ハロルドはいつになく真剣な表情で謝った。ハロルドが言っていることはきっと真実なのだろう。
痛みを遮断する魔術がなければ歩く事も出来ない。アルドにもシグフェルズにも時間はあまり残されていないのだ。
「……謝らないで。シグが決めたことなら何も言わない」
本当は心配で仕方がない。しかしそれがシグフェルズの選択なら、ノルンは何も言えないのだ。
彼の意思を尊重したいから。シグフェルズに後悔だけはしてほしくない。そのためならノルンは何だってする。
「……ミシェル様、お願いします」
「分かりました」
ハロルドの言葉に頷いたミシェルの背から白銀の翼が広がる。それが金色の光を帯びたかと思うと、光が四人の体を包んだ。あたたかで懐かしいそれはまるで、母の腕に抱かれているかのよう。
「気休めにしかならないかもしれませんが、何もしないよりいいはずです。この光は貴方たちを悪魔の力から守るでしょう。どうか皆さんに女神のご加護があらんことを」
その刹那、ノルンたちの前に現れた光の扉。開け放たれたその先には、大聖堂とは違う景色が広がっている。
いつかベリアルと相対した時のような、宮殿を思わせる空間。鏡のように磨かれた大理石の床、敷かれた真紅の絨毯。精緻な蔦の彫刻が施された支柱は黄金で出来ており、深紅の宝石が嵌めこまれている。
「ありがとうございます、ミシェル様」
「……ミシェル様にはいくら感謝してもしたりません。我が儘を聞いて頂いてありがとうございます」
頭を下げるノルンに、シグフェルズも深く頭を垂れた。慈愛に満ち溢れた彼こそ正に『天使』。
「いいえ、私は何もしていません。……ハロルド、ルファ。お二人を頼みましたよ」
「御意に」
「お任せください」
決着をつける時はすぐそこまで来ている。ノルンはシグフェルズと頷き合うと、ハロルドとルーファスの後に続き、一歩を踏み出した。
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