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約の翼
やっぱり苦手
 聖霊祭。現在では女神アルトナが天地を創造し、人や獣を作り出した日を祝う祭であるが、もとは天の恵みに感謝し、失われた魂を悼むために始められたものである。
 普段は静かな雰囲気に包まれる法都シェイアードも、この時期ばかりは少し活気づく。

 それは教戒の中でも同じことで、ノルンたち見習いの悪魔祓いも含め、聖職者たちは色々と忙しい月なのである。現に今も普通の授業ではなく、聖霊祭で送りの聖火の後に歌う賛美歌の最終練習中だ。
 普段なら彼女たちが纏う聖衣は黒だが、当日は儀礼用の聖衣に着替えるため白になる。
 今、ノルンが着ているのも白の聖衣だ。
 白は嫌いだ。でも今はシグのお陰でそれ程嫌いではない。今までの自分なら考えられない、驚くほどの変化だった。

 最後に高音が伸び、パイプオルガンの低い音色で歌は終わった。
 聖霊祭まであと三日。解散が済むと我先にと大聖堂を出て行く。
 未だ人の波に慣れないノルンは、長椅子の端に座って待っていた。下を向いて考え事をしていれば、誰かが自分の名を呼んだ。

「ノルン」

 ここ二週間ほどで聞き慣れた穏やかな声。緩やかな動作で顔を上げれば、そこにはノルンと同じように白の聖衣に身を包む、シグフェルズ・アーゼンハイトの姿がある。
 儀礼用の聖衣は、まるで彼のために誂えたかのように良く似合うが、悔しいので絶対に言ってやらない。

「シグ」

「行こうか」

 頷いて立ち上がる。あれからノルンは、シグフェルズと共にいる事が多くなった。
 彼と共にいると、見えて来るものも多い。例えば彼は他人を引き付ける不思議な魅力があること。
 ごくたまに考えにふけって、憂いを帯びた表情をしている時がある。

「ノルンはやっぱり白が似合うよ」

 後は感情表現が豊かと言うか、割と思ったことをストレートに口に出すらしい。
 だがノルンは逆に返事に困ってしまう。ありがとうと言うべきか、それともそんな事ないと返すべきか、はたまたシグの方が似合うと言えばいいのかさっぱり分からない。

「白はあまり好きじゃない……でもシグのお陰でそれほど嫌じゃないから」

 そう言うのが精一杯だ。シグフェルズはノルンが呟いた最後の一言が聞こえていなかったらしく、そっか、とにこにこしながら返すだけ。
 やっぱり感情を他人に伝えるのは苦手だとノルンは思った。



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