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約の翼
公爵同士の戦い
何をする訳でもなく、玉座に腰掛けていたベリアルはある気配を感じて瞼を上げる。
謁見の間に、ベリアル以外の姿はない。最低限の明かりが輝く室内で、ベリアルだけが怪しく浮かび上がっている。

「……人間か」

けだる気に髪をかき上げ呟く。あの契約者の居場所を突き止められた。力の気配は間違いなく人間。それも強い力を持った。
唇の端を歪めたベリアルが玉座から立ち上がる。その瞬間、

「どちらへ行かれるつもりですか? ベリアル殿」

若い男の声が聞こえたかと思うと、ベリアルの目の前に青年が現れていた。
ほのかに煌めく髪は白雪を思わせる白で、影を作るほどの睫毛の下からは月色の瞳が覗いている。
頭には金の冠を乗せ、真紅の騎士装束を纏った青年の登場にベリアルが嗤(わら)う。

「何の用だ、ベリト?」

ベリアルの前に現れたのは、『魔界の大司祭』、『筆記者』、『真紅の騎士』と謳われる大悪魔ベリトである。
白々しく笑うベリアルに、ベリトも薄い笑みを作った。

「何の用、ですか? とぼけるのもそれくらいにして頂きたい。契約者の元へは行かせませんよ」

「なら私を止めてみせるか? 力づくでな」

瞬間、ベリアルが床を蹴った。その手には血のように赤い刀身の身の丈ほどの大剣が握られている。ベリアル自身の魔力によって作られた魔法剣だ。

「先に仕掛けたのはそちらです。貴方の契約は筆記者である僕の承認なしに行われました。僕が許すとでも? 『真紅の騎士』も随分なめられたものですね」

ベリアルの大剣を、ベリトは生み出した白金色の槍で受け止める。武器を打ち合わせるその衝撃だけで、玉座の間に置かれた調度品が弾け飛び、強風が巻き起こった。

絶え間なく響く甲高い金属音に凄まじい轟音。
しかしベリアルもベリトも顔色一つ変えずに武器を打ち合っている。

「丁度退屈だったところだ。遊んでもらおうか」

「望むところです。貴方と剣を交えるのもこれが初めてですし」

公爵同士が戦うことは殆どない。本気を出し合えば周りの被害が凄まじいことと、ルシファーの怒りを買わないようにだ。

それに二人ともまだ、翼を出していない。つまりまだ本気を出してすらいないのだ。
そんな二人の戦いを眺める者がいる。

濡れ葉色の髪にマラカイトグリーンの瞳を持つ美女、ゴモリーだ。
眼下で繰り広げられる攻防を見つめながら、ぽつりと呟いた。

「ベリトも本気になると自制出来ませんし……大丈夫でしょうか?」

ゴモリーが咄嗟に結界を張っていなければ、周囲への被害は甚大だっただろう。武芸の腕ならベリアルより、ベリトの方が上である。
ゴモリーがすべきことは、ベリアルをこの場から逃がさないこと。ゴモリーはマラカイトグリーンの瞳を閉じ、意識を集中させた。



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