誓約の翼
変わり始めた世界
「……醜いだろう? 君が見ても楽しいものじゃないよ」
シグフェルズは悲しげに微笑すると、はだけた聖衣に手を掛けた。
だがそれは伸びて来たノルンの手に阻まれる。
驚いて彼女を見れば、無言で前を向かされた。すると背中に、傷痕を暖かい何かが触れる。ノルンの手だ。触れられた手の平から暖かい何かが流れて来た。
「……暖かい」
「そう、よかった。悪魔に付けられた傷なら、聖気を当てれば楽になるかと思って」
しばらくすると、じくじくシグフェルズを苦しめていた痛みが無くなった。ノルンの手は淡い光を帯びて輝いている。
魔の存在である悪魔に付けられた傷なら癒すことは出来ないが、聖人の力で痛みを和らげることが出来るかもしれないと思ったからだ。
「私は……人との付き合い方なんて分からない。これからアーゼンハイトに迷惑を掛けるかもしれない。それでもいい?」
傷痕に手を当てたまま、ノルンは問う。前を向いているため、シグフェルズの顔は見えない。ありがとう、と言ってシグフェルズは服を直し、振り向いた。
「アルレーゼさんのペースでいいよ。僕は気にしない。君は君なんだろう?」
初めて話したあの時と同じように右手を差し出して来る。そこに彼を見る度にどこかで感じていた影はない。綺麗な紅茶色の瞳を細めて笑い掛ける。暖かな光がそこにあった。
シグフェルズの本心からの笑顔を見たノルンの表情が和らいだ。それはシグフェルズが初めて見る彼女の笑顔で、思わず何度も瞬きする。綺麗だ。とシグフェルズは思う。ノルンは驚く少年に気付かず、手を取ってしっかりと握り締めた。
「ありがとう、アーゼンハイト」
「どういたしまして。あ、僕のことはシグでいいよ。アーゼンハイトもシグフェルズも長いから」
「分かった。じゃあ私もノルンでいい。私だけ呼び捨てにするのも変だから」
はにかみながらノルンは顔を逸らした。第一印象は、少し冷たい人なんだろうかと思ったが、そうでもないらしい。感情を表に出すことが苦手なのかもしれない。
「改めてよろしく、ノルン」
「よろしく……シグ」
この時、ノルンは初めて自分の世界から一歩を踏み出した。それはほんの僅かな一歩かもしれない。それでも彼女の世界を変えるのには十分。
ノルン・アルレーゼはまだ歩み出したばかりだ。
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