[携帯モード] [URL送信]

約の翼
刻まれた傷
 ノルンもシグフェルズも次の言葉が出なかった。何かを言わなければならない事は分かっている。
 だが何を言えばいいのか。それが分からなかったから二人は、沈黙するしかなかった。
 静寂が満ちる庭園を淡い月の光が優しく照らしている。

「……手合わせの時、一瞬だけ痛そうな顔したんじゃない?」

 シグフェルズの表情は揺らがなかったが、紅茶色の瞳が僅かに見開かれる。彼がノルンのバクルスを受け止めた時だ。ほんの僅かに顔が苦痛に歪み、バクルスを持つ力が緩んだ。
 だからこそノルンが勝てたのだが、何かが腑に落ちなかった。

「そう、かな。何ともないよ」

 微笑するシグフェルズにノルンは素直に頷かない。嘘だと分かっているから。他人と関わることは好まないが、ノルンは他人の感情を見抜く聡い少女だ。シグフェルズが笑っていても、それが本心ではないことくらい分かる。
 だからノルンは自らの勘に従って、普段の彼女なら絶対にしないことを実行した。シグフェルズの聖衣に手をかけたのだ。

「ちょっと見せて」

 その一瞬で意味を悟った少年は抵抗するが、ノルンの方が早い。ノルンは思いきり、彼の聖衣を引っぺがした。
 黒い聖衣が取られ、シグフェルズの背中が露になる。白く透き通るように月光を弾くそこには、滑らかな肌に不似合いな醜い傷痕が刻まれていた。

 左肩付近から斜めに右下まで走る傷は、普通の人間には分からないだろうが、微弱な魔素を帯びている。 ハロルドがシグフェルズだけが大怪我を負いながらも助かったと言っていたから、その時の傷だろう。

 ノルンは思わず息を呑む。聖人である彼女には手に取るように理解出来る。これは高位の悪魔によって付けられた傷。
 一種の呪詛。傷を付けた契約者(彼の場合は兄)の命を絶つか、契約した悪魔を滅さなければこの傷は、一生癒えることなく、シグフェルズを苛み続けるだろう。
 見られた本人も無駄だと悟ったのか抵抗を止め、されるがままになっている。
 だがノルンはまるで魅入られたかのように傷から目を逸らすことが出来なかった。



[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!