誓約の翼
クロトの力
「顔色が悪い。大丈夫?」
「ああ、平気だ。これくらい」
平気だといいつつも、クロトの顔色はやはり悪い。青白いと言ってもいいだろう。
先ほどまで何ともなさそうだったのに、この変化は何だ?
「平気にはとても見えないけど……」
どう見ても体調がいいはずがない。シグフェルズが突っ込んで聞こうとすると、クロトは観念したようにため息をついた。
「お前の感情に引きずられただけだ。俺の力は心を読むと同時に記憶を視ることでもある。その時、お前の感情に引きずられた。それだけだ」
クロトの視線はシグフェルズではなく、写真立てに向けられていた。心を読むだけがクロトの力ではない。記憶を“視る”ことも出来る。
記憶にある思いが強ければ強いほど、それはクロトに伝わる。
シグフェルズの記憶は慟哭、悲哀、絶望と言ったあまりに強い感情に彩られていた。
クロトはその感情に引きずられてしまったのだ。
「えーっと……ならやっぱり謝るべきかな。ごめん」
「だから謝らなくていい。それより、これ家族の写真だよな? 隣が兄か?」
クロトは少し照れたような表情をすると、写真立てを指差した。殺風景な部屋にある唯一の思い出の品。
そこには幸せな家族の姿が写っている。今は失われ、二度と戻らないもの。シグフェルズにとって過去の象徴でもあった。
「……うん。アルド・アーゼンハイト。自慢の兄さんだった」
優しくて自慢の兄だった。何でも出来て、家族思いで、いつだって弟である自分を気に掛けてくれた。一体何が悪かったのだろう。優しい両親、自慢の兄。幸せな家族だったはずなのに、その幸せは一瞬で崩れ去ってしまった。
「ごめん……。ちょっと」
その瞬間、背中の傷が酷く痛んだ。まるで焼きごてでも押し当てられているかのよう。思わず椅子から立ち上がってうずくまる。とても座ってなどいられない激痛だった。
「おい! どうした!?」
「大丈夫……発作みたいな……ものだから」
駆け寄るクロトを片手で制し、シグフェルズはどうにか笑みを作った。正直、それだけでも辛いが、クロトに迷惑は掛けられない。
「どこが大丈夫なんだ!? 咎の烙印か?」
「そう……。だから、痛みがおさまるのを……待つしかないから」
どんな薬も魔術でさえも咎の烙印の前では無意味。痛みはひたすら我慢するしかない。クロトの手を借りてどうにかベッドに横になる。それでも痛みはおさまるどころか、強まるばかりでシグフェルズは皺が残るほど強くシーツを握りしめた。
こんな無様な姿、ノルンには見せられない。知られたくないのだ。クロトには悪いが、心配する彼を無理矢理追い出し、シグフェルズはひたすら痛みに耐え続けた。
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