誓約の翼
無い物ねだり
ハロルドの問いにノルンは答えない。
だがそれは肯定と同じだった。彼女の答えが分かっていたからこそ、ハロルドは視線をノルンから外し、月明かりが照らす外へと向けた。
「ノルンちゃんにしてみれば、何も知らないくせにって思うでしょ。でもそれはシグだって同じさ。あいつの両親は、悪魔に殺されたんだよ」
ハロルドの琥珀色の瞳は未だ外に向けられたまま、まるで世間話でもするような口調だ。
口元は笑っているような気がしたが、表情は見えない。
「それは……」
別段珍しいことではないのではないか。悪魔祓いを目指す者としてはありきたりと言ってもいい。
だがノルンが言い終わる前にハロルドが口を開いた。
「悪魔憑きとなった兄の手で。大怪我を負いながらもシグだけは助かった。まあ、それも本人に言わせるなら生かされたってコトらしいけどね。……シグはただ一人の家族となった兄を悪魔から解放するために力を求めたらしい。けど、あいつには魔術を操る力も聖人としての力もなかった」
「そんな……」
予想していなかった答えにノルンは言葉に詰まる。
ノルンが望まざるとも持ち得た力をシグフェルズは、何一つとして手に入れることが出来なかった。魔術を操る魔力も、彼女が要らないと称する聖人の力も。
だから彼は血の滲むような努力をした。脆弱な人の身で悪魔に対抗するために。
だがノルンはその全てを持っていた。しかし彼女は力を嫌うだけでそれを活かそうともしない。それがシグフェルズには許せなかったのだろう。
「勿論、ノルンちゃんにはノルンちゃんの事情だってあるよね。だから喧嘩両成敗ってことで。人間ってさ結局、無い物ねだりなんだと思うよ。力にしたって何にしたって、必ずしも己が望むものとは限らないし」
力とは案外そういうものだ。望まぬものをノルンは持ち、シグフェルズは望んだものを手に入れられなかった。現実とはなんて残酷なのだろう。ノルンは力を持つが故に平凡を望み、シグフェルズは力を持たぬが故に力を望んだ。
自身が持たぬからこそ、それを望む。もしかしたらそれは人間の真理なのかもしれない。
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