誓約の翼
案内の先は
まだ祈りの時間ではないので、本来なら多くのアルトナ教徒で埋め尽くされる大聖堂も、今はひっそりと静まり返っている。中に居るのは先に入ったハロルドとノルン、シグフェルズだけ。
口を挟めるような雰囲気でもないので、黙ってハロルドの後をついて行く。
ノルンはこう言う場所は嫌いだ。神への信仰心に満ち溢れた静謐な場所は。
こんな場所にいると嫌でも自分が聖人だと言うことを突き付けられる。
聖人は女神アルトナと同じく、アルトナ教徒から敬われる存在だ。だから嫌なのだ。彼らが崇め、敬うのは聖人としての自分、もしくは聖人という存在だけ。
私自身は何の価値もない人間なのに。馬鹿らしい。 馬鹿らしくて笑えてくる。本当にこんな力、手放せるくらいならとっくに手放している。
「そいじゃ、こっちね」
ハロルドが壁に施された蔦の彫刻に触れると表れた地下へと続く螺旋階段。見事な作りからして有事の際に使用される通路でもない。
だが地下へと続く階段はどこまでも続いている。下りる事、約五分。ついに終わりが見えた。
「本当なら儀式とかに使われる部屋なんだけど。ここなら周りを気にすることなく戦える」
勿論、許可は取ってるよ、とハロルドが軽く言う。ノルンが特別授業を受けた時に張られたものと同じ、大天使級結界(アークエンジェルズ)に覆われているため、ハロルドが言った通り、ちょっとやそっと暴れたくらいでは破れない。悪魔すら戒めるものなのだから当たり前なのだが。
天井には最低限に備え付けられた淡い光を放つ照明に、床には何十にも描かれた魔法陣。儀式に使われることだけあり、結構な広さだ。二人の人間が戦うには十分だと言える。
「二人とも早速準備してね。後組み手には練習用のバクルスを使ってもらうから」
ハロルドが差し出したのは、銀色の輝きを秘める二本の杖――バクルス。勿論殴られれば痛いが、刃引きもされている。
ノルンは一本を受け取り、何度か振ってみた。彼女が使うバクルスと比べて若干軽い。
ノルンとシグフェルズ。二人を部屋の中央に残してハロルドは部屋の端に下がる。
「一応、危なくなったら止めるけど、好きにやってね」
ハロルドの声を背に互いに向かい合った。始まりの合図なんていらない。どちらともなくバクルスを構え、白い床を蹴った。
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