誓約の翼
忘れないために
ハロルドたちと別れ、大聖堂を出たノルンは、隣を歩くシグフェルズを窺う。普段と変わりなかった。少なくても表面上は。しばし思案した後、彼女は問い掛けた。
「ねえ、シグ。最近無理してない?」
ハロルドはああ言ったが、彼に直接聞かなければ納得出来なかったから。シグフェルズの精神世界で誓ったのだ。彼を一人にしないと。
それなのに何もできない自分がもどかしい。
ノルンはシグフェルズの力になりたいのに。
「無理はしてないよ。少し疲れてはいるけどね」
無理をしてないかと問うノルンに、シグフェルズは微笑んだ。
疲れているとは言ったが、彼は講義をちゃんと受けているし、実技だってそうだ。
いつもと同じ。本当に?
「……そう。ならいいけど」
だがシグフェルズが語らないのなら、ノルンに出来ることはない。ただ頷くことだけ。
この気持ちは何だろう。何かが噛み合わないのだ。ふと視線を下に向けたノルンはシグフェルズの袖口で光るものを見つけた。
「それ……」
「うん。肌身離さず持っていたくて。欠けてるけど、これでいいんだ」
シグフェルズがノルンの視界に入るように“それ”を見せた。細い銀色の鎖が少年の白い手首にはえる。それは自分たちが持つものより一回りは小さな十字架だった。
ただそれは欠けている。
表れた十字架にノルンは息を飲む。何故ならその十字架は彼の兄、アルド・アーゼンハイトの持ち物だったから。
ノルンが見た時はくすみ、血がこびりついていたが、今は新品同様に磨き上げられていた。
「……忘れないように?」
こうしている今もアルドの魂は限界を迎えるかもしれない。そうなれば彼をベリアルの手から取り戻すことは不可能だ。
シグフェルズが十字架を身につけるのは、それを忘れないためか。
「それもある。……ノルンと居ると忘れそうになるから」
「え?」
最後の方は聞き取れなかった。しかしシグフェルズはもう一度言う気がないようで、何も言わずに微笑んでいるだけだ。そう、シグフェルズにとってノルンと過ごす毎日は楽しかった。
ひと時でも兄のことを忘れてしまうほどに。
前のように差し違えてでも兄を解放しようとは思わない。だがシグフェルズに掛けられた呪いは、間違いなく命を削るだろう。
シグフェルズとて死にたくない。ノルンと出会って生きたいと願えるようになった。甘えては、忘れてはならない。自分には時間がないのだから。
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