誓約の翼
シグフェルズの異変
あの日から、シグフェルズが目覚めてから、ノルンは違和感を感じていた。何がどうとか具体的には言えない。
だがおかしいのだ。まるで見えない壁一枚を隔てているように。
シグフェルズ本人を問い詰めても恐らく無理だ。だからノルンはハロルドを捕まえることにした。
自分の他にシグフェルズに近しい人間だから、何か知っているかもしれない。
彼は異端審問官であり、優秀な悪魔祓い。本来なら教戒にいることさえ稀である。
そんな彼が教戒にとどまることが多くなったのは、ノルンとシグフェルズの教育のためだ。
ノルンはマラキ大司教に報告を終えたハロルドを呼び止める。
「ハロルド!」
見習いの聖職者が仮にも司教を呼び捨てにしてはならない。だがここにはノルンとハロルド以外の人間はいないし、ハロルドが咎めることもないため構わないだろう。
「どうしたの、ノルンちゃん?」
「ちょっと話が……」
何と言っていいものか逡巡するノルンに、ハロルドはへらりと笑った。
せっかくの美形が台なしだが、ここにハロルドに尊敬の念を抱いている人間がいないのが幸いか。
「ちょうどよかった。オレもノルンちゃんとシグに話さないといけないことあるし。ミシェル様直々の命だよ」
ハロルドの口から出た思い掛けない名に、ノルンは怪訝な顔をした。
ミシェル、というのは教皇アルノルド・ヴィオンつきの聖職者で、まるで天使のように美しい青年だ。
そんな彼が見習いである自分たちに何の用があるというのだろうか。
「どういうこと?」
「ま、それはシグも呼んでからね。で、ノルンちゃんはどうしたの?」
迷った末、ノルンは最近感じていたことを口にする。
「最近、シグの様子がおかしい。何がとは言えないけど……」
長らく人と深く付き合ったことのないノルンだが、それでも一番近くにいる人間の異変には流石に気付く。
かと言って避けられているふうでもないし、自分に対する態度がおかしいわけでもない。
だが何かが変なのだ。珍しく表情を曇らせるノルンに、ハロルドは悟られぬよう不思議な顔をした。
彼女を騙すのは本意ではないが、シグフェルズが望んだこと。それを自分のヘマでノルンに悟らせる訳にはいかない。
「やっぱりお兄さんのことがあったからじゃない? 契約した悪魔だってあのベリアル。悩みたくもなるって」
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