誓約の翼 出来ることなら 剣を下げ、血まみれになった兄が笑う。その足元には事切れた両親の姿。そんな中、自分――シグフェルズはほうけたように兄を見上げることしか出来ない。 兄の“赤紫”の瞳は爛々と輝き、血の海を写している。 「兄……さん」 途切れ途切れに名を呼べば、兄の視線はこちらを向く。何をいうまでもなく、凄艶な笑みを浮かべたまま、その剣をシグフェルズに振り下ろした。 声にならない悲鳴を上げて、シグフェルズは飛び起きる。今見た光景が夢だと気付いたのはそれから数秒後。 部屋は血の海でもないし、自分も十四歳ではない。 知らぬ間にかいていた汗を拭い、深いため息をつく。 あの夢自体は何ら珍しいことではない。三年前より見続けている。だが今日はいつにも増してリアルだった。同室のロヴァルが起きた気配はない。 自分はいつになればこの悪夢から解放されるのだろう。兄を救うまで?それとも死ぬまでだろうか。自嘲するように、シグフェルズは笑った。 「咎の烙印、か」 悪魔が齎す死の呪い。その証たる刻印は自分では見られないが、ハロルドによると堕天使の翼を思わせるものらしい。自分に残された命の期限。どれくらい残っているのか。 ハロルドにはノルンに言わないよう口止めを頼んだ。 彼女に関係ない、と言えば怒られそうだが、これ以上、自分の事情に巻き込みたくない。傷付くのは自分だけで十分だ。 『ごめん、ノルン。君は怒るかもしれないけど、僕は……』 いつ来るとも知れない終わりは怖い。どうしようもなく。だがそれと同じくらい、ノルンに知られたくなかった。たとえ、馬鹿だと罵られても隠し通すことを決めたのだ。 本当に嫌なら彼女のそばから離れればいい。そうすれば全て解決する。この言いようもない感情も、焦燥や葛藤、後悔だって。 しかし出来なかった。ノルンの隣は心地良くて、どちらも選べない自分が情けない。 シグフェルズは弱い人間なのだ。だからどちらも選べない。様々なしがらみを断ち切ることが出来れば、これほどまでに苦しむことはないのだろうか。 ノルンに出会ってから、シグフェルズは迷ってばかりだった。 今までは迷うことなどなかったのに。正しい答えなんてないのかもしれない。 けれど考えずにはいられない。全てを捨てられれば、どんなに楽だろう。それが叶わないと知りつつ、シグフェルズは目を伏せた。 [次へ#] [戻る] |