誓約の翼 望まなかった力 「ではすぐにかかりましょう。ハロルド、ミシェルと共に彼を大聖堂の地下へ。君は私と共に」 アルノルドの行動は早かった。ハロルドとミシェルに指示を出すといち早く謁見の間を出る。 言われたからにはノルンも彼の後を追うしかない。 ハロルドが頷くのを見てアルノルドの後に続いた。普通、教皇が護衛もなしに出歩くことはない。 いくら彼が当代最強と謳われる悪魔祓いであってもだ。 先日の逆十字の件もある。彼らは教戒はもとより、アルノルドの命も狙っていたのだから。 「げ、猊下、護衛の方は……」 「必要ない。君で十分だ」 どうにか声をかけたノルンにアルノルドは立ち止まり、小さく笑ってみせる。 先程見たような慈愛に満ちた笑みではない。 まるで悪戯が成功した子供のような無邪気な笑みだったが、ノルンもつられるように笑った。 てっきりお堅い人なのかと思っていたが違うらしい。 遠くから目にしている彼とは少し違う。ノルンにしてみればこちらのほうが好感が持てるというもの。道行く聖職者たちはアルノルドの姿を目にするやいなや、慌てて最高礼を送った。 謁見の間を出て、アルノルドが向かったのは大聖堂の地下。ハロルドがシグフェルズの呪いを浄化するためにノルンを案内した場所だ。 地下へと続く螺旋階段を下ること約五分。 広い空間だ。無駄なものは一切なく、備え付けられた明かりが仄かに室内を照らしている。鏡のように磨かれた床には何十もの魔法陣が描かれていた。 大天使級結界(アークエンジェルズ)に覆われているこの地下室は儀式魔術を行使するために誂えられた一種の閉鎖空間である。 ここならかなりの衝撃にも耐えられるし、魔術防護も完璧だ。 「……一つだけ。君の噂は色々聞き及んでいる。聖人の力は魂の資質だ。純粋な力自体に善も悪もない。大事なのはそれをどう使うか」 「何故、私に?」 そんな話を自分にするのだろう。力はただ力でしかなく、扱う者次第だと言いたいのだろうか。 ノルンにはアルノルドの真意が分からない。 だが見上げた翡翠色の瞳はあくまでノルンを案じるようなものであり、憂いに満ちたものだった。 「同じ聖人として。それは確かに君が望んだものではなかったかもしれない。けれど今も煩わしいと思っているかな? その力があったからこそ、彼は生きてここにいる。それは喜ぶべきことだ」 アルノルドは何も知らないはず。しかし彼はまるで全てを見通しているかのような問いをノルンに投げ掛けた。 そう、望んで聖人の力を手に入れたわけではない。何よりも煩わしいと思っていたのに。 けれど、今のノルンには分からない。この力があったから僅かでもベリアルに抗することが出来た。 もし自分がただの人間であったなら、簡単に殺されていたはずだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |