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約の翼
特別訓練
 そこはまさしく“白”と“青”に彩られた空間だった。四方を囲む壁は、まるで空に浮かぶ雲海のように一点の染みもなく、床は澄み切った水面を思わせる透明で、どこまでも鮮やかな青い色をしている。
 室内には一切、調度品の類いはなく、ただ水を打ったような静寂が支配しているだけ。

 その中心に一人の少女が佇んでいた。歳の頃は十代後半。十六、七だろう。
 紫掛かった銀の長髪は照明を反射して淡い金の色に染まっている。薔薇の蕾のように愛らしい唇はきつく結ばれ、白磁の肌には玉の汗が浮いていた。

『大天使級第二簡易結界(アークエンジェルズ)展開。それでは始めて下さい』

 ぶん、と虫の羽音のような音がしたかと思うと室内は、薄い光の膜のようなもので覆われている。
 響いた女性の声に少女――ノルンは声を出すことなく目を閉じ、緩やかに呼吸を繰り返した。そうすることで自らの中の力を高めて行くのだ。
 ふっ、とノルンの口から息が漏れる。

 次に開かれた美しい瑠璃色の瞳は、何も映していない。外部からの情報を取り込む余裕がないのだ。次の瞬間、揺らぐはずのない床が波紋のように揺らいだ。否、或はそう勘違いしただけなのかもしれない。
 それは正しく“翼”だった。だが空を舞う鳥のような羽毛の翼ではない。妖精の羽根に似た、だが全く違う、金粉を散らし透き通った薄青の光の翼。この世の全ての神秘を凝縮したような奇跡がそこにあった。

 そしてその翼はノルンの背から広がっている。青い翼は言わば彼女の聖人としての力を具現化したもの。
 だが人の身に余る力は少女の肉体と精神を激しく摩耗させる。聖人の中でも特に力の強いノルンだからこそだが、彼女の場合は少し状況が違う。

 聖人としての力を水、力を扱う聖人を蛇口と例えるとしよう。ノルンは確かに他の者と比べて一度に出せる力の量は爆発的に多い。
 今の彼女は強大な力を制御しきれていない。つまり蛇口を捻った所で出る水の量を調整出来ないと同じことだ。

 開始直後、周りを簡易結界で覆ったのもそれが原因だ。しかし本当にノルンが力を暴走させた場合、大天使級、短時間ながら上級に近い悪魔ですら戒める第二簡易結界でも防ぎきれないだろう。
 それから約一時間後、少女はやっと、したくもない特別訓練から解放されたのだった。



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