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約の翼
自分では無い誰か
医務室を出たハロルドは無人の回廊を歩きながら考えていた。最近、脳裏にちらつく黄金色の何か。
それが何なのか、彼にも分からない。ただ不思議な夢自体は幼い頃より見続けていたものだ。

黄昏色に染まる空、そこに伸びた階段に決まって自分は腰掛けていた。

ゴモリーの真名を知っていたのも、その夢と関係があるのだろうか。
ノルンに聞かれなければ、ハロルドは自分がゴモリーの名を呟いたことさえ気付かなかっただろう。

ハロルドはそっと髪に隠れる左目に触れた。元は右と同じ、琥珀色だったそれは聖人の力を覚醒させたその時に金緑に変わった。
今、ここにいる自分は誰なのだろう。以前の彼なら躊躇いなくハロルド・ファースと答えられた。だが今は分からない。

自分は自分だと信じたかったが、この瞳の色はハロルド・ファースのものではない気がして。

「ハロルド、どうしました?」

耳に響く心地良い声にハロルドは我に返った。女性にしてはやや低く、男性にしては高い声。
前から歩いて来たのは、金糸の刺繍が施された白の聖衣を纏い、光の滝を思わせる長い金髪をなびかせる人物だった。

女性にも男性にも見えるその人物は、信じられないくらい綺麗な顔立ちをしている。天からの使いだと言われても納得出来るほどに。

「ミシェル様……何でもありません。ですが、“炎の王”が彼女らに接触したようです」

炎の王、とはベリアル、彼女らはノルンとシグフェルズのことだ。それだけでミシェルは大体のことを察したらしい。
真剣そのものと言った面持ちで小さく息を吐く。

「やはりそうですか。気をつけなければなりませんね。ハロルドもリフィリアの一件、お疲れ様でした」

「いえ……自分は何もしていません。クリス様と彼のご子息のお力です」

ハロルドがシェイアードを離れていたのは逆十字について探るため。これは公になってはいないが、逆十字は色彩都市リフィリアで戦略級魔術を発動させようとしていたのだ。
それも八年前、精霊都市ディスレストで暴走し、悲劇とも呼ばれた禁断の魔術――ディヴァイン・クロウを。

だがそれは《学園》の学園長、クリス・ローゼンクロイツと彼の義理の息子、シェイト・オークスらによって阻まれた。
ハロルドは彼らを助けただけだ。

「猊下には私から伝えておきます。それとハロルド、アーゼンハイト君と彼女を頼みます」

「御意のままに」

ベリアルの真意は不明だが、またシグフェルズに接触しないとも限らない。もしそうなった時、ベリアルから彼を守れるのはハロルドほどの力を持つ者のみ。凜としたミシェルの声にハロルドは恭しく頭を垂れた。



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あきゅろす。
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