誓約の翼
おかしなハロルド
「もしそうだとしても何故、ゴモリーが?」
天使の三分の一が堕天した時、彼女もルシファーと行動を共にした堕天使である。堕ちる前は月の女神であった彼女はその名さえ変えたと言われていた。
ベリアル同様、ゴモリーも悪魔を従える地獄の権利者である。その悪魔がベリアルから自分たちを庇い、あまつさえ傷を治したのか。
「悪魔って言っても決して一枚岩とは言えないから。悪魔は悪魔で内輪揉めしてるんじゃない?」
ハロルドの言うことも一理ある。同じ天から堕ちた天使であっても一枚岩ではない。いや、表面上は魔王ルシファーに従ってはいるが、それでも地獄では小競り合いが絶えないと聞いたことがある。
そして彼らは自分たちの住む世界を地獄とは呼ばない。魔界と呼ぶのだ。
「それはそうかもしれないけど……」
だがそれでは、わざわざ自分たちの怪我を治した理由がわからない。ベリアルを退けるだけで良かったはず。
「まあ、レヴェナだからな」
尚もふに落ちないノルンに対し、ハロルドは小さく苦笑した。
そこでノルンは気付く。レヴェナ、というのは誰の名だろう。女であることだけは分かるが。
「レヴェナ?」
「オレ、今なんて……」
ノルンが聞き返せばハロルドは、信じれないと言った面持ちで自らの口に手を当てた。
今、自分が発した言葉が信じられないとでもいう風に。
レヴェナ、それはゴモリーの本当の名だ。ハロルドはそう確信していた。しかし、それを知るのは同じ悪魔かかつての同僚である天使たちだけのはず。
何故、ただの人間である自分が彼女の名を知っているのだろう。考えても答えは出ない。
「ハロルド?」
さっきからハロルドの様子がおかしい。ゴモリーの名にうろたえたり、いつもの彼ではないかのよう。
「……ごめんね、ノルンちゃん。また後で来るよ。それじゃ」
一転して薄い笑みを浮かべた彼は言うなり、医務室を出て行った。
引き止めることも問うことも叶わなかったノルンは、ため息をついて髪を弄る。
「あの、ノルンさんはファース司教と親しいんですか?」
怖ず怖ずと尋ねて来たのは二人の会話を見守っていたラケシスである。クロトの方も流石に口に出さないが、気にはなっているらしい。
ハロルドは本来なら、敬語でなければならない相手だ。正式な悪魔祓いであり、司教である彼。それに加え、異端審問官でもあるのだから。
ため口なんてもっての他。しかも名前まで呼びすてとくればラケシスやクロトが戸惑う理由も分かる。
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