誓約の翼
お咎めなし
ノルンはハロルドがいない間に起こったこと、ベリアルとの戦いを含めて包み隠さずに答えた。
シグフェルズがいなくなったこと。
その彼を追った先に彼の兄が、いや、ベリアルがいたことも。ただ、ラケシスの力については伏せて、だ。
「ノルンちゃん、君たちもだけど、これは本来なら謹慎ものだよ。報告を怠った上に勝手な行動をしたんだから。君たちは自分たちがまだ無力な子供だと言うことを理解しないと」
厳しいハロルドの言葉にラケシスやクロト、ノルンまでもが押し黙った。彼が言ったことは全て真実だ。本来ならシグフェルズが契約者である兄と接触しようとした時点で報告しなければいけない。
だが彼女たちは報告を怠ったばかりか、独断でシグフェルズを追った。その結果がこれだ。
無事だったから良かったものの、四人共ベリアルに殺されていてもおかしくない。
少なくてもノルンは分かっていたつもりだった。だが何も分かっていなかったのだ。
悪魔祓いに一番近いと言われ、聖人の力を持つノルンは無力な子供に過ぎない。
その事実が悔しくて、ノルンは唇を噛んだ。
「……まあ、お灸はこれくらいでいいかな? 心配しなくても上には報告しないよ」
と言うとハロルドは一転していつもの顔に戻った。先程の司教ハロルド・ファースではなく、ただのハロルドである。
突然の変化にラケシスとクロトは呆然と彼を見つめていた。
ノルンは慣れているのか深いため息をついてハロルドを睨み付ける。
「え? え? あの……」
「つまりお咎めなし、っていうことだ」
何を思ってかは知らないが、上には黙ってくれるらしい。それはクロトやラケシスにとっては有り難い。
「で、君たちをベリアルから助けてくれた女がいたって?」
「ええ、黒髪に緑の瞳。ラクダに跨がって紺の礼服を纏った女でした」
ハロルドの問いに答えたのはクロト。ラケシスやノルンも目にしてはいたが、詳細は覚えていなかった。
女性の特徴を聞いたハロルドは珍しく考え込んでいるように見える。
「……月の女神。ゴモリーか」
唐突に呟かれた名にノルンはベッドからハロルドを見上げる。ゴモリー。それは吟詠公爵の名で呼ばれ、二十六の軍団を従えし地獄の偉大なる大公爵の名だ。
その時、ハロルドの琥珀色の瞳が金緑に見えた。
だがそれも一瞬で、直ぐにいつもの琥珀色に戻っている。見間違いだろうか。ノルンは何故か不安になった。
「ハロルド? ゴモリーってあの吟詠公爵?」
ノルンが聞き返せば、ハロルドはそこで初めて気付いたようにぎこちなく頷いた。
まるで自分がゴモリーの名を口にしたことを覚えていないように。
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