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約の翼
退屈な授業
 “聖人”というのは通常の人間と比べて、内包する聖の気が格段に多い人間を指すらしい。魔の存在である悪魔に唯一対抗出来る存在、それがノルンを含めた聖人たちだ。
 だが聖人の力は何も、悪魔だけに対して力を発揮するものではない。

 人の身に余る強大な力は当然、人にとっても脅威となる。表面上はやれ聖人様だと持ち上げていても、腹の中は何を考えているか分からない。
 利用しようと考えているかもしれないし、力を恐れて化け物だと思っているかもしれない。だからきっと教師や他の悪魔祓い見習いたちも同じなのだろう。

 聖人の力を恐れ、自分たちとは違う存在だと割り切って接してくる。
 ノルンが話を聞いていないと分かっていても、教師は当てもしない。
 ただの言葉の羅列でしかない聖典のページを適当に開いたまま、上の空で授業を受けていた。あまりにも暇だったので教室の中を見渡してみる。皆一様にノルンにしては馬鹿みたいに真面目に授業を聞いている。

 悪魔祓いの見習いとは言っても一応は聖職者だ。
 様々なことに通じていなければならないと言うことで、神話や創世期についての面白くも何ともない話を聞かされている。

 誰もがノルンにはどうでもいい人間である中、一人の少年が目に入った。ここからでも目立つ不思議な金に近い琥珀色の髪。
 シグフェルズ・アーゼンハイト。同じ授業を受けたことも一度や二度ではない。

 だがノルンがシグフェルズに見覚えがなかったのは、他人に興味のない彼女は一々人の顔など覚えていなかったのである。
 いつでも友人に囲まれているらしい人間と、特別授業何て面倒ったらありゃしない。だけど皮肉なものでいくら嫌でも私に拒否する権利はないのだ。

 その時、大聖堂の隣に位置する鐘楼から終了を告げる荘厳な鐘の色が響き渡る。
 皆真っ先に教室を出て行く中、ノルンだけは最後まで残った後、教室を出る。何のことはない。ただ人混みが嫌なだけだ。とその時、扉を閉めたノルンの前に一人の青年が立っていた。

「君がノルンちゃんだね」

 まだ若い二十歳前後の青年だ。肩近くまで伸びた鮮やかなワインレッドの髪に、片方だけ覗く瞳は深い琥珀色。正式な悪魔祓いを示す黒地に銀糸の刺繍が施された聖衣を纏っている。
 見惚れるような端整な顔は人好きのする笑みに彩られているが、まるで底が見えない。
何故かは分からないが、ノルンは彼から自分と“同じもの”を感じた。



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あきゅろす。
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