誓約の翼
会いたくなかった人
「それはまあ、今となっては調べようがないが、こっちはこっちでごまかすの大変だったけどな」
じっと考えるように黙ったノルンにクロトは疲れたように笑ってみせる。三人が無事だったのはいいが、ノルンとシグフェルズは意識を失っているし、ラケシスも一人では立てなかった。
流石のクロトも三人を抱えてシェイアードまで戻ることは出来ない。
しかし彼が思案した時、天馬が現れたのだ。ノルンが喚び出したあの天馬が。
高位の天使や悪魔といった高次元の存在を除き、彼らは自力でこの世界に現れることは出来ない。
ペガサスもその例に漏れないはずなのに。
だが傷は無いとは言え、油断は出来ない。あれこれ考えている時間はなかった。
彼(であっているのだろう、多分)に手伝ってもらい三人を教戒に運んだまではよかったが、問題が一つあった。
何故二人が意識を失っているか、だ。外傷は見当たらないし、呼吸も規則的である。
その頃には何とか一人で立てるようになったラケシスの話では黒髪の女性が治療してくれたらしい。
取りあえずは二人で話を合わせてノルンとシグフェルズを医務室に運び込んだ。
倒れていた二人を見つけたと言えば不審がられることもなく、クロトとラケシスが追求されることはなかった。
「そう。ありがとう。迷惑をかけたみたいで」
ノルンが目覚めたと分かれば事情を聞かれるかもしれない。
本当のことは口がさけても言えないし、言うつもりもなかったが。
契約者と無断で会ったばかりか、ベリアルほどの大物と相対したことがばれれば、下手をすれば破門である。
その刹那、再び扉が開く音がした。警戒し、沈黙するノルンの耳に届いたのは久方ぶりに聞く『彼』の声だった。
「久しぶり、でいいのかな。ノルンちゃん」
現れたのは二十歳前後の青年である。肩に届く鮮やかなワインレッドの髪に片方だけ覗く琥珀色の瞳。
見る者を惹き付けるような整った顔立ちをしており、ノルンたちと同じ、いや、正式な悪魔祓いを示す銀糸の刺繍が施された黒い聖衣を纏っていた。
青年の顔を見た途端、ノルンは一転して不機嫌な顔になる。そんな彼女の態度を楽しむように、青年――ハロルド・ファースは笑った。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!