誓約の翼
予想外の話
「シグフェルズ・アーゼンハイト君」
シグフェルズ・アーゼンハイト。それが少年の名らしい。確かにノルンにも聞き覚えがある。
精霊因子を視る才はあるものの、魔力がないために魔術を操る術を持たない彼は、それでも数多くいる悪魔祓い見習いの中でもノルンと並び、最も悪魔祓いに近いとされている少年である。
彼は確かに魔術を操る術はない。だが悪魔祓いが扱う聖なる武器、バクルスを扱う才があると聞いたことがあった。
「はい」
シグフェルズが頷く。男にしては少し高い、心地よい声だった。マラキ大司教のココア色の目がノルンを捉える。
「ノルン・アルレーゼ君」
「……はい」
ノルンもシグフェルズに倣って返事をする。朝早くから呼び出して置いて、どうせろくでもないことなのだろう。
“聖人”という力を崇める反面、利用しているだけ。こんな力、欲しければくれてやる。出来るなら、ノルンとてそうしたい。
だが聖人とは魂の資質だと、教皇アルノルド・ヴィオンは言った。本当にそうならこんな自分が、神を信じていない自分が聖人なのは随分な皮肉だとノルンは思う。
「教皇猊下直々の伝えです。両名には本日より、授業とは別に実習について貰います。猊下からは実戦に近い形式だと聞いていますので、くれぐれもお気をつけなさい。詳しい事は君たちの講師であるハロルド・ファース司教から話があると思いますので。私からの話は以上です。わざわざ呼び出してすみませんでしたね」
マラキ大司教の口から出たのは、彼女の予想を外れた、否、予想以上に厄介な話だった。
だがシグフェルズは律儀にもそして淀みなく分かりましたと返事をする。ノルンもやや遅れて彼に倣う。
つまりノルンはシグフェルズと組んで普段の授業とは別に実戦に近い“特別授業”を受けろということらしい。しかも教皇猊下直々となれば相当のことだ。
それに自分たちの講師となる人物、ハロルド・ファースとは弱冠二十一歳にしてノルンと同じく聖人の力を持つ悪魔祓いであり、“光の監視者”の二つ名で呼ばれる異端審問官である。
「それでは失礼致します」
ノルンは形式的な礼をすると真っ先に大司教の部屋を出た。するともう用はないはずのシグフェルズが追って来る。仕方なく振り向けば、彼はノルンに右手を差し出していた。けだるげに手をとればシグフェルズは柔らかく微笑んだ。
「よろしくね」
「……よろしく」
意外なことにそれほど不快ではない。
だがノルンはそれを顔に出す術を知らなかった。だから、ただ無表情で手を握り返すことだけしか出来ない。それでもシグフェルズは気を悪くした様子もなく、ノルンに向けて微笑んでいた。
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