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約の翼
早朝の呼び出し
「何かご用ですか?」

 無表情でモップを突き付けたままノルンは問う。
 しかし突き付けられた方はたまったものではない。現に金糸の刺繍がされた白い聖衣を纏った青年は、顔を引き攣らせている。

「ノルン・アルレーゼ殿ですね?」

 案の定、出た声も上擦っていた。普通の神父である青年が一介の悪魔祓い見習いである自分に何の用があるというのだろう。声を出すのも面倒で頷けば、青年は慌てて礼をした。
 確かに悪魔祓いは他の聖職者より地位は上になる。
だが悪魔祓いとは言え、ノルンは見習いであるし、見ず知らずの人間に朝っぱらから呼び止められる理由もないはずだ。

「朝早くに申し訳ありませんが、マラキ大司教がお呼びです。私と共に来て頂けますね?」

 面倒なことこの上ないが、それがなんであれ、ノルンに拒否する権利はない。わざわざ聞かずとも連れて行けばいいのに。そう思いながらもノルンは形式的に返事をした。

「分かりました。案内をお願いします」

 青年に突き付けていたモップを下げて、無造作に廊下の端に片付ける。こうしていれば誰かが勝手に片付けてくれるだろう。
 それでは、と歩き出す青年にノルンもついて行く。長い回廊を通り、渡り廊下を過ぎた先、マラキ大司教の部屋の前で青年は止まった。

「中へどうぞ」

 ノックは必要なかった。ノルンが扉の前に立った時、部屋の中から入りなさい、との声が返って来たからだ。

「失礼します」

 部屋の中には二人の人物がいた。美しい金糸の刺繍がふんだんに施された白い聖衣を纏い、大きな机の前に置かれた椅子に腰掛けた壮年の男――ノルンを呼び出したマラキ大司教に後ろ姿しか見えないが、若い男だろうか。
 彼が纏う黒い聖衣には、悪魔祓いの見習いを示す白糸の刺繍が見える。

「朝早くに呼び出した事は謝りましょう。しかしアルレーゼ君ともう一人、アーゼンハイト君の耳に早く入れなければならない事でもあるのです」

 ノルンはアーゼンハイトと言われた彼の隣に並んだ。視線だけを隣の人物に向ける。
 若い男というよりはまだ少年と言っても差しさわりないだろう。背はノルンより頭一つほど高い。
 絹糸を思わせる髪は金に近い琥珀色で、長い睫毛に縁取られた瞳は紅茶色をしている。優しげでそれでいて、どこか影を感じさせる美しい顔立ちの少年だった。



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あきゅろす。
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