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約の翼
居なくなった少年
それから数日、目に見えてシグフェルズの様子はおかしかった。
何をするにも上の空で、ノートを取る手は動いているが、授業など耳に入っていないに違いない。

十字架のせいだ。あれと彼の兄の姿を見たから。
唯一頼りになるハロルドもシェイアードを離れており、一介の悪魔祓い見習いのノルンではどこにいるかさえ分からない。

「……考えるだけ無駄、か」

自分が力になれることはないだろうし、シグフェルズがノルンを巻き込むことを望むはずがない。
人当たりが良い様に見えて彼は『一人』なのだ。

誰も心の奥底には近づけない。笑っていても心から笑っているわけじゃない。
彼自身は気付いているかどうかは知らないが、彼は他人とどこかで線を引いているのだ。

ノルンが初めて彼を見た時、どこか影のある少年だと思った。
優しげに微笑んでいるというのに、時折見せる闇を秘めた顔。

あるいは彼は自分と同じなのかもしれない。だからこそ最初は反発した。
きっと彼は誰に言うつもりもないのだろう。自分の手で兄を解放するために。

ノルンは酷く不安になった。シグフェルズはノルンの目の前にいるというのに、遠い。単純な距離ではない。

それから更に数日経った日のことだった。シグフェルズが姿を消したのは。
彼の様子を見に部屋を訪ねたとき、ルームメイトは言った。

「シグ? ああ、何でも故郷に墓参りに行くとか行ってたな。今日と明日、外出届出してたみたいだけど……」

嘘だと思った。彼の両親の墓はシェイアードにある。故郷に墓参りのはずがない。
ノルンは目を白黒させる少年を他所に有無を言わさず部屋に入った。

「え、ちょ……。アルレーゼ、何すんだよ」

「いいから黙ってて」

慌てて止めようとした少年にノルンから鋭い視線が飛んでくる。かと思えばいつの間にかバクルスを突きつけられており、少年はそのまま彫像のように固まった。
ノルンはバクルスを十字架に戻すと遠慮なくシグフェルズの部屋に続く扉を開ける。

「……どうしてこんなに殺風景なのよ」

扉の先、シグフェルズの部屋は前に訪れた時以上にがらんとしていた。
殆どのものが片付けられ、きちんと整理されている。

まるで死期を悟った人間のような部屋だとノルンは思った。
戸棚の上に立てかけらていた写真立ては倒されている。

写真立てを起こせば、写真の中から家族が幸せそうに微笑みかけていた。

「馬鹿……!」

どうして何も言わないの。分かっていたはずだった。けど心のどこかで少しは信じてくれていると思っていたのに。
なのに彼は消えた。ノルンは写真立てを持ったままゆるゆると床に座り込む。
そこに温かみは一切無い。主を失った部屋はただ静かにそこにあった。



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