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約の翼
たった一人の兄弟
シグフェルズが発した兄さんとの一言。それはどういう意味なのか。答えを求めるようにノルンはシグフェルズを見る。

悲哀と戸惑い、そしてとても言葉では言い表せない愛と憎しみ、その全てが入り交じったような複雑な表情を少年は浮かべていた。

こんな時、何と声をかければいいのかノルンには分からない。
もどかしくて悔しくて、気の聞いた言葉すら言えない自分が嫌だった。

「ねえ、ノルン」

「……なに?」

十字架を握りしめ、ノルンを見つめる少年は寸分も弱さを感じさせない、決意を秘めた顔をしている。
その表情がシグフェルズらしいと思う反面、目の前の少年が酷く遠くに感じた。

だがノルンは決してそれを顔には出さなかった。
出せるはずがない。
彼から事情は聞いた。しかし所詮、自分は他人なのだ。
彼と彼の兄との間に立ち入ることなんて出来るはずがない。

「……魔術でこの十字架の持ち主を追うことは出来る?」

シグフェルズの表情と兄との一言からこの十字架の持ち主は三年前、彼の両親を殺し、シグフェルズの背中に癒えない傷をつけた人物。
シグフェルズが慕っていた兄。
だがノルンは少年から十字架を受け取ると静かに首を振った。

「……駄目。これだけじゃ追えない」

確かにその人物が持っていた思い入れのある品から持ち主を追う追跡魔術は存在する。
だがこの十字架は追跡魔術を行使するための条件を満たしていない。

何者かの手で痕跡を消されているのだ。
それも追跡魔術すら使えないほど完璧に。

彼の兄と契約した悪魔の力なのだろうか。
だが何故、今になってシグフェルズの前に現れたのだ?

彼を殺すため? それとも他に思惑があるのか。だが教戒の総本山に現れたのならば、余程力のある悪魔に違いない。
でなければこの世界で最も女神の力に満ち溢れたこの地に現れることなど出来はしないのだから。

「……そう。ありがとう」

十字架を受け取ったシグフェルズはぽつりと呟いた。これが罠であることくらい彼にもわかっている。

だが猶予がないこともシグフェルズは痛いほど理解していた。
悪魔と契約した人間は長くは生きられない。何もしなくとも兄は死ぬだろう。その前に兄を解放しなければ彼の魂は永劫に転生の輪から外れ、悪魔のものとなってしまう。相手がしかけて来たのなら乗るしかない。たとえ刺し違えることになろうとも、たった一人残った家族なのだ。



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