誓約の翼
手掛かり
医務室を出て教室に戻ろうとしたノルンは角を曲がった瞬間、誰かとぶつかりそうになって身を引いた。
確かめるように顔を上げれば、そこには見知った顔。シグフェルズだった。
しかもかなり驚いているようで呆然とノルンを見つめている。
「シグ? どうかした?」
「あ……ごめん。あの、ノルン、ここに来るまで誰かとすれ違わなかった?」
何故そんなことを聞くのだろう。質問の意味が分からない。それにたとえすれ違っていたとしても、注視していなければ、誰かまでは分からないのではないのか。
尋ねる少年は彼らしくない焦ったような顔をしている。訝しげに思いながらもノルンは正直に答えた。
「誰ともすれ違ってないけど、それが?」
一体どうしたというのだろう。医務室を出てからシグフェルズとぶつかりそうになるまで誰とも会っていない。
それを聞いたシグフェルズは小さくため息をついて礼を言った。
「そっか……ありがとう」
「一体何があったの? さっきから変」
シグフェルズがここまで取り乱すのも珍しい。少なくともノルンはここまで彼が焦燥といった感情を表に出すのを見たことがなかった。
余程何かあったのではないのだろうか。
「……前に話したよね。兄が悪魔と契約したって。その兄が今、ここにいたんだ。見間違いじゃない」
そう間違いではない。自分が兄を見間違えるはずがないのだ。あれは確かに兄だった。
だが背中の傷が痛まなかったのは何故だ?
ノルンに説明しながらもシグフェルズは訳が分からなかった。
ふと下を見れば床に太陽の光を弾いて煌く何かがある。
「これは……」
近寄って手を伸ばし、それを拾い上げる。手の中にある物を見た瞬間、シグフェルズは愕然とした。
「十字架?」
硬直する少年に気付かず、ノルンも彼の手の中にあるものを覗き込む。
それは元は銀色だったのだろう、くすんだ十字架だった。
だが右部分が大きく欠け、赤黒く変色した血がこびりついている。
「兄……さん」
銀色であったはずの十字架は、献身なアルトナ教徒であった兄が肌身離さず身につけていたものだった。
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