誓約の翼
兄の影
ハロルドは当分の間、シェイアードを離れるらしい。その理由も詳しいことは教えてくれなかったが、逆十字が関係していることはノルンとシグフェルズには分かる。
あの少女――ラケシスを医務室に連れて行ってから、まだノルンは戻っていない。
シグフェルズはその後も戻って出席したのだが、きっと彼女のそばについているのだろう。
「なあ、シグって最近アルレーゼと仲良いよな」
ばたばたと足音をさせ、シグフェルズの隣に並んだのはルームメイトのロヴァルである。
栗色の髪に灰色の瞳、シグフェルズより僅かに背が高い。
「そうだね。特別授業のこともあるし」
ここ最近、随分とノルンといる時間が長い気がする。だがハロルドが居ない今、それほど接点がある訳もないのだが、ノルンと過ごす時間はそう変わらなかった。
「アルレーゼって美人だけどクールというか、とっつきづらくねえ?」
顔をしかめて言うロヴァルにシグフェルズは首を振った。
彼女は冷たい人間ではない。本来は優しい少女だ。ただ、教戒に連れて来られた一件がノルンの心を閉ざしてしまっただけ。
「そんなことない。ロヴァルも話してみれば分かるよ」
「ふーん……そりゃ、意外だな。てっきり冷たいのかと思った」
生返事をするロヴァルにシグフェルズは苦笑した。彼らしいというか何というか。
するとその時、そんな二人の横を一人の聖職者が通り過ぎる。シグフェルズは見覚えのある顔に思わず振り返った。
その聖職者は角を曲がり、廊下に消える。
急に立ち止まり、振り返ったシグフェルズにロヴァルが心配して声をかけた。
「おい、シグ?」
三年の時が経とうとも、見間違えるはずがない。あれは確かに兄だった。亜麻色の髪にハシバミ色の瞳、優しかった兄。どうしてここに?
「ごめん、ロヴァル、先行ってくれる? 忘れ物取りに行って来るから」
「お、おお」
シグフェルズは適当な理由を付けて走り出す。ロヴァルは突然の行動に驚きながらもシグフェルズを見送るしかない。
かなり驚いていたようだが、一体何を忘れたのか。廊下に一人残された少年は首を傾げ、仕方なく歩き出した。
本当に兄なのだろうか。角を曲がった瞬間、向こうから来た誰かにぶつかりそうになって立ち止まる。
「シグ?」
「え、ノルン!?」
シグフェルズがぶつかりそうになった相手、それはノルンだった。
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