誓約の翼
眠る事への恐怖
「ク、クロト?」
勝手に倒れたことを怒っているのだろうか。でもあの時、クロトは傍にいなかったし、助けを求めようにも無理だったのだから仕方ない。
それは分かっているのだが、ここまで心配されると不安になる。
「じゃあ私、行くから。お大事に」
「は、はい。ありがとうございました」
クロトとラケシスを見比べ、ノルンは声を掛けて部屋を出る。
最後まで彼女が何を考えていたのか、ラケシスには分からなかった。
しかしノルンが部屋を出た後、自分がそこまで緊張していないことに気付く。
どうしてだろう、いつもならクロト以外の他人と話すと凄く疲れるのに。
「それで左目は?」
幾分か落ち着いたらしいクロトはノルンが座っていた椅子に腰掛ける。ちらりと窺ったクロトの顔はいつも通り、静かなものだった。
ラケシスはそっと眼帯ごしに左目に触れた。痛みはない。
痛んだのは一度きり、倒れた時だけだ。それに眼帯を外し、鏡で左目を確認することだけがどうしても出来なかった。
「倒れる前に痛んだだけ。何ともないよ?」
クロトはこの左目のことをいつも気遣ってくれる。ラケシスは笑ったつもりだったが、ちゃんと笑えただろうか?
「大丈夫ならいいけど、無理はするなよ。いいな?」
クロトはそう言ってラケシスの頭を撫でる。懐かしい。まるで子供の頃に戻ったよう。
「うん……」
「次の授業も休め。俺から先生に言っとくから」
そこまで言われれば否とは言えない。頷く事しか出来なかった。心配してくれていることくらい分かるから。
ゆっくりとまるで壊れ物を扱うような手つきでベッドに横たえられ、ブランケットをかけられる。
「クロト」
「なんだ?」
「わたしが眠るまで隣に……いてくれる?」
ちょっとくらい我が儘いってもいいよね。ラケシスは一人で眠るのが怖いのだ。
眠れば『死』を見てしまうから。
「ああ、だから安心して眠れ」
不安そうな瞳で見上げてくるラケシスにクロトは柔らかく微笑んだ。今の彼が滅多に見せない笑顔、ラケシスが一番好きな顔だ。徐々に瞼が重くなる。その数十秒後には少女は眠りの世界に誘われていた。
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