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約の翼
気になる少女
「突然倒れたから、傍にいた私がついていただけ。具合は?」

言いつつもノルンは自分に驚いていた。何の打算もなく自然に他人を気遣えたのはシグフェルズを除いて初めてだ。
怯えたような瞳が教戒に来たばかりの昔の自分と重なったから? 分からない。

授業が退屈だったことが理由だが、それでも少女についていたのは、何故か彼女が気になったから。

「す、すみません、ありがとうございます。はい、大丈夫です」

少女は見ていて可愛そうなくらい何度も頭を下げる。そう言えばノルンは彼女の名前を知らないのだ。
他人の名前を覚えるのは得意ではないし、今までは覚える気もなかったから。

「あ、あの、わたし、ラケシス・オストヴァルドって言います」

「私はノルン。ノルン・アルレーゼ」

先ほども名乗ったのだが、目覚めたばかりできっと覚えていないだろう。するとラケシスと名乗った少女は初めてノルンに笑顔を見せた。

「知ってます」

そもそも自分はそんなに有名だろうか。聖人というだけで目を引くことにノルンは気付いていない。自分と聖人を分けて考えてる所があるらしい。

ふとした所が抜けているとハロルドやシグフェルズに言われるのだが、彼女は大真面目である。

「そう……」

だがノルンが呟いた瞬間、我に返ったのか、ラケシスの顔から笑顔が消える。おどおどしたような怯えたような顔。
これ以上の会話は望めない、そう思ったノルンは椅子から立ち上がった。

「もう行くから。貴女のお迎えも来たようだし」

ノルンはそのまま視線を扉に向ける。随分焦ったような気配が近付いていた。
次の瞬間、凄い勢いで扉が開け放たれる。

「ラケシス!!」

現れたのは少年だ。左側だけがやや長い髪は灰色で切れ長の瞳は涼やかなアイスグリーン。
着ている聖衣も乱れていることから、余程急いで来たのだろう。

だが名前を呼ばれた当人はぽかんと口を開けて少年を見つめている。

「ク、クロト?」

クロトと呼ばれた少年はラケシスを見て安心したのか深いため息をついた。
同時に余計な力も抜けたようで、そのまま床に座り込んでしまうのではないかと思うほど少年は安心していた。

「……倒れたって聞いた」

「ちょっと左目が痛くなって、それで……。で、でももう大丈夫だよ?」

搾り出すようなクロトの声にラケシスは慌てて返事をする。ここまで取り乱したクロトを見たのは初めてだ。
いつも冷静で頼りになる。それが幼い頃から抱いていたイメージだから。



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