金の満月が昇る時
当然の反応
「それが、君のやり方か」
「腹は決めた、と言ったよな」
フレンに何と言われようと、それがユーリの選んだ道、やり方だ。道を選ぶのではない。既に選んだのだ。
バルボスが身を投げる前、呪いのように口にした言葉。この生き方は多くの敵を作るだろう。エリシアはドンに似ていると言ったが、自分の未来の姿はバルボスかもしれない。
この血塗られた手では、誰かに手を差し伸べることも許されない。それは彼の、フレンの役目。この先、二人の道が交わることがないとしても、あるいは道を違えても、彼はユーリにとっての光だった。
「ああ、でもその意味を正しく理解できていなかったみたいだ……。騎士として、君の罪を見過ごすことは出来ない」
ではどうするのだ。捕まえて裁くというのか、法の下で。
見過ごすことは出来ない、そう言ったフレンが剣の柄に手をかける。ユーリもまた剣に手を伸ばす。フレンと戦うのは本意ではないが、互いに譲れないものがある。張り詰める空気。
二人が剣を抜こうとした時――投げかけられた声。
「隊長、こちらでしたか」
駆けて来たのはフレンの部下である女騎士ソディアだった。二人の間に流れていたざらついた空気が消え、フレンはゆっくりと柄から手を離した。
「どうした?」
「ノードポリカの封鎖、完了したした。それと、魔狩りの剣がどうやら動いているようです。急ぎ、ノードポリカへ」
ノードポリカの封鎖、そして魔狩りの剣、一体どういうことだ。探るようにフレンを見ても、彼の表情からは何も読み取れない。答えないフレンにソディアは戸惑ったように彼を見る。
わかった、と短く返事をして振り返ると、既にユーリの姿はない。このまま、自分たちの道は分かたれてしまうのだろうか。一礼してその場を去るソディアを見送り、フレンは空を仰いだ。
「ユーリ、君のことは誰よりも僕が知ってる。あえて罪人の道を歩むというなら……」
ユーリは一人、湖を眺めていた。いつか来るべき時だったのだ。あの頭のかたい幼なじみは、自分がしたことを許さない。なら、ラゴウのようにフレンを斬るのか? 邪魔をすると言うのなら……。
そこまで考えて、酷く自分が恐ろしくなった。知らずに握った手が震える。いつか自分の手は斬りたくないものまで斬ってしまうのだろうか。
考え事に夢中になっていたお陰で気配に気づけなかった。視界の端を青と白が掠める。
「あ、だめ、ラピード」
「全部、聞いてたのか」
「ごめんなさい」
聞き慣れた声に振り返れば、ラピードがこちらに駆けて来る。その後ろには、戸惑ったような顔のエステルが佇んでいた。
彼女はばつが悪そうな表情をしてユーリの名を呼んだ。平静を装って言葉を紡ぐ。
ごめんなさい、そう言ったエステルの声は僅かに震えていた。覚悟していたが、やはり辛いものだ。彼女はラゴウのことも、もう気付いているだろう。
「オレのこと、怖いか? 嫌なら、ここまでにすればいい。フレンと一緒に帰れ」
「……帰りません。ユーリのやったことは法を犯しています。でもわたし、分からないんです。ユーリのやったことで救われた人がいるのは確かなのだから……」
引き返すなら今だ。ユーリは暗にそう言っているのだ。ラゴウを手にかけ、キュモールまで死に追いやった。どう言い繕っても、怖い、と思うのが普通の反応である。エリシアは怖くないと言って抱きしめてくれたが、それをエステルに求めるのは酷だ。
そんなユーリの思いとは裏腹に、エステルは顔を上げ、真っ直ぐに自分を見た。法を犯してはいるが、救われた命もある。だから分からないと。
彼女の緑の瞳は戸惑いに揺れていたが、そこに恐怖はない。あるのは戸惑いと葛藤だけ。
「いつか、おまえにも刃を向けるかもしれないぜ」
「ユーリは意味もなくそんなことをする人じゃない。もし、ユーリがわたしに刃を向けるなら、きっとわたしが悪いんです」
いつかエステルにも刃を向ける時が来るかもしれない。ラゴウやキュモールの時のように。本気で言っているのか、それとも試しているのか。彼の声から感情を読み取ることは出来なかった。
エステルは思う。ユーリは理由をなく人を斬るような人間ではない。もし彼が自分に刃を向ける時が来るとすれば、それはエステルが悪いということ。盲目的に彼を信じるのとは違う。
「……。フレンと帰るなら、今しかねえぞ。急いでるみたいだったし」
「わたしはユーリと旅を続けます。続けたいんです。ユーリと旅をしていると、わたしも見つかる気がするんです。わたしの、選ぶ道が……。だから……」
言い切った彼女の瞳に迷いはない。これからもよろしくって意味です、とはにかみながら手を差し出した。エステルの笑顔にユーリも顔を綻ばせる。しばらく自らの手を見つめていたユーリは、ありがとな、と彼女の手を握り返した。
エステルとラピードを先に宿に帰してからも、未だ湖面を見つめ続けていた。静寂が場を満たす。視線は湖に向けたまま、こちらを窺っていた『彼女』に声を掛ける。
「……いるんだろ、エリィ」
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