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の満月が昇る時
それもまた事実
「立ってないで座ったらどうだ」

 賑わう街を抜け出したユーリはフレンとの約束通り、湖へと向かった。水の中には結界魔導器を示す光の輪がぼんやりと浮かんで見える。
 フレンは座り込み、湖を眺めていた。座ったまま、振り返らずにユーリに座れと促した。無言でフレンの隣に腰を下ろす。彼とは逆方向に座ったため親友の表情は見えない。見えずとも、大体の予想を付けることは出来る。

「話があんだろ」

「……なぜ、キュモールを殺した。人が人を裁くなど許されない。法によって裁かれるべきなんだ!」

 始めは静かな声だった。だが抑えきれなかった感情のためか、最後は叫ぶような形になる。人が人を裁く。それは傲慢だ。彼が直接、手を下した訳でないが、見殺しにしたのは事実。
 人は法によって裁かれるべき、その一言にユーリの瞳が鋭さを増した。

「なら、法はキュモールを裁けたっていうのか!? ラゴウを裁けなかった法が? 冗談言うな」

「ユーリ、君は……」

「いつだって、法は権力を握るやつの味方じゃねえか」

 苛立ちを親友に向けてはならないと、心のどこかでは分かっていた。フレンも自分と同じく、無力さを感じているだろうに。それでも止められない。今のユーリは苛立ちを言葉にしてぶつけることでしか、自分を保つ術を知らなかった。
 ラゴウの名にフレンの瞳が戸惑いに揺れる。法がキュモールを裁けたというのなら、何故ラゴウを裁けなかったのだ。法は本来、もっとも弱い立場の味方となるべきなのに、現実はどうだ?
 下町でもカプワ・ノールでも、法は権利を握る者の味方だった。弱い者は虐げられ、我慢するしかない。吐き捨てるようなユーリに、フレンも言い返さずにはいられない。

「だからといって、個人の感覚で善悪を決め人が人を裁いていいはずがない! 法が間違っているなら、まずは法を正すことが大切だ。そのために、僕は、今も騎士団にいるんだぞ!」

「あいつらが今死んで救われた奴がいるのも事実だ。おまえは助かった命に、いつか法を正すから、今は我慢して死ねって言うのか!」

 法は権力を握る者の味方。それは否定しようもない事実だ。ただ、人が人を裁くのは傲慢で、どんな大義名分があろうと私刑に過ぎない。
 人を裁くと言うことは重く、そして難しい。罪人だからこそ、個人ではなく、法によって裁くべき。今の法が間違いならば、まずは法を正さなければならない。

 しかし、納得出来なかった。分かっている。フレンが今も騎士団に残っているのは、いつか法を正すため。かつて二人が目指した夢を現実にするためだ。
 それでもキュモールやラゴウが死んで、救われた命があるのもまた事実。それを否定することなど、誰にも出来ない。

(法を正すから今は我慢して死ね? ふざけるな。……分かってるさ、フレンがそんなつもり言ったわけじゃねえってな)

「そうは言わない!」

「いるんだよ、世の中には。死ぬまで人を傷つける悪党が。そんな悪党に、弱い連中は一方的に虐げられるだけだ。下町の連中がそうだったろ」

 声を荒らげるフレンに対し、ユーリの声はどこまでも冷ややかだった。フレンが悪い訳ではないし、彼も救われた命に、我慢して死ねなどと言うつもりもないのだろう。いつだって真っ直ぐで、力を尽くして弱い人々を救うはず。
 だが、彼の手が掴める命は多くない。フレンの手から多くの命が零れ落ちることだろう。
 フレンだって幾度となく目にしてきたはずだ。抗う力を持たない弱き者は、強き者に虐げられるだけ。レイヴンが言ったように、死ぬまで治らないのだ。そんな輩は。

「それでもユーリのやり方は間違っている。そうやって、君の価値観だけで、悪人全てを裁くつもりか。それはもう罪人の行いだ」

「わかってるさ。わかった上で、選んだ。人殺しは罪だ」

 言われずとも理解している。この手を血で汚した時点で。人が人を裁くべきではない。ラゴウを斬った時点で、自分も彼らと同じ罪人だ。言い訳などしようもないし、しようとも思わない。
 彼の言う通り、どこで終わりにすればいい。ただの自己満足、我が儘だ。生きて償わせることが最善なのだろう。ラゴウやキュモールが奪った命たちのためにも。人殺しは罪だ、と認めたユーリにフレンは苦々しい表情を浮かべ、絞り出すように呟いた。

「わかっていながら、君は手を汚す道を選ぶのか」

「選ぶんじゃねえ。もう選んだんだよ」



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あきゅろす。
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