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の満月が昇る時
暴政の騎士、失踪?
 ユーリはキュモールが沈んで行った流砂を無言で見つめる。抜き身の刃をそこでやっと鞘に納めた。背後に感じた気配にも動かない。誰であるかなど分かりきっていた。

「街の中は僕の部下が抑えた。もう誰も苦しめない」

「そうか、これでまた出世の足がかりになるな。オレ、あいつらのところに戻るから」

 闇の中でもほのかに煌めく金の髪、空を思わせる瞳。騎士隊長を示す鎧が月明かりを弾いて銀色に輝いている。静かな口調で彼――フレンは言った。
 ここでユーリが手を下さずとも、この街はフレンによって救われていた。
 けれど、フレンが出来るのはここまで。彼にキュモールも裁く権利はないのだ。そしてユーリには分かる。キュモールは決して悔い改めたりしない。何度だって同じことを繰り返す。
 いつも通りを装ってユーリは、フレンの横を通り過ぎようとした。すると、フレンがユーリを呼び止める。互いの顔は見えない。しかし、

「ユーリ、後で話がしたい」

「……わかってる」

 彼は全て分かっているのだ。ユーリがキュモールを殺したこと、そしてラゴウのことも気付いているはず。湖のそばで待ってる、囁くようなフレンの声を背にユーリは街へと戻って行った。


「本当はこんなに賑やかな街だったんだね」

「ええ。解放されてよかったわ、本当に」

 静まり返っていたはずの街は、喧騒に包まれていた。お祭り騒ぎと言ってもいい。飲めや歌えの大騒ぎである。広場ではフレンの部下たちがキュモール隊の騎士たちを捕らえて連行していた。
 大騒ぎしている人々を見つめながら、カロルが顔を綻ばせる。ジュディスもそんな彼に同意した。少し離れた場所では、いい年こいた大人であるはずのレイヴンが、子供たちと一緒になって騒いでいる。

「レイヴンも何やってるんだか……」

「おーい! エリシアちゃんも一緒にどう?」

 あれが天を射る矢の幹部だと、誰が気づくだろう。思わず頭に手を当てエリシアに、レイヴンの陽気な声が届く。本当にどこまで気楽なおっさんなんだろう。
 即座に却下! と返すと、捨てられた子犬のような瞳でこちらを見つめる。勿論、そんな彼は無視して仲間たちの方に視線を戻した。

「それにしても、まさかフレンが来てくれるなんて。でも逃げたキュモールは、またどこかで悪事を働くかもしれません」

「すぐにフレンが捕まえてくれるよ。ね、ユーリ」

 フレンが駆けつけた時には、既にキュモールの姿はなかった。部下たちをおいて一人で逃げ出したのだろう。ラゴウやキュモールのような人間は、そう簡単に心を入れ替えない。何度でも同じことをする。また悪事を働くかもと懸念するエステルに、カロルは心配ないよと笑う。
 話を振られたユーリは、そうだな、とそっけない答えを返した。まるでカロルの声など耳に入っていないかのように。訝しげ名を呼ぶカロルの声にさえ気付かない。上の空、そう言ってもいいだろう。

「ちょっとフレンに挨拶、行ってくる」

「うちらも行くのじゃ」

「え、どこへ? それより私……」

 ユーリの様子がおかしい。エリシアの声さえ聞こえていないよう。あの時と同じではないか。ダングレストでラゴウを手に掛けた夜と。嫌な予感がしてならない。彼を一人で行かせてはならない気がした。
 歩き出したユーリを追いかけようとするが、パティに腕を掴まれる。戸惑うエリシアの腕を掴んだまま、どんちゃん騒ぎの中心へと向かって行く。
 エステルも隣にいたリタの腕を問答無用で掴む。

「わたしたちも行きましょう、リタ!」

「はぁ!? なんであたしが……」

 ニコニコと笑うエステルにリタも、口ではああ言ってもまんざらではないらしい。広場にはいつまでも陽気な笑い声と楽器の音色が響いていた。



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