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の満月が昇る時
優先すべき事
「あのキュモールっての、ホントにどうしようもないヤツね」

「どうして、世の中には、こんなどうしようもないヤツが多いのだ」

 あれから宿屋に向かった一行は、用意された客室にいた。夜はすっかりふけ、外出禁止命令のためか、外もしんと静まり返っている。聞こえるのは虫の音だけ。
 昼間の一件を思い出しながら、リタが苦い顔をする。パティの方も彼女に同意するように天井を仰いだ。ラゴウといい、キュモールといい、最低な人間ばかり。世の中、良い人間ばかりではないことは分かっている。
 けれど、どうして彼らは他人の痛みが分からないのだろう。否、理解しようともしないのだ。

「あれはたぶん病気なのよ」

「なら死んでも治らないんじゃない?」

「わかってるわね、きっとそうだわ」

 普段通りの口調でさらりと言ってのけたジュディスに、エリシアも呆れを通り越して諦めている。二人に同意したのは、見るからに不機嫌そうな顔をしたリタ。
 ああいう人種は、捕まっても同じことを繰り返す。ラゴウにしてもそうだ。悔い改めるはずがない。生きている限りは。現にラゴウは評議会の力を使って罪を軽くしようとしたのだから。

「あいつら、フェロー捕まえてどうすんのかね」

「わかりません、ですけど……。このままだと、大人はみんな残らず砂漠行きです。わたしが皇族として話をしたら……!」

 一体、フェローを捕まえてどうするのだろう。レイヴンの疑問はもっともだ。マンタイクの大人にも当然、限りがある。もし全員が砂漠へ送られてしまえば、残された子供たちはどうすればいい。
 おまけのあのキュモールのことだ。大人がいなくなれば、今度は子供たちを砂漠に向かわせるかもしれない。エステルの顔は蒼白に近い。皇族として話をしたら、そう言いかけた彼女を遮る声。ジュディスである。

「ヘリオードでのこと、忘れたのかしら?」

「あれは嬢ちゃんの言葉に耳を貸すような聞き分けのいいお利口ちゃんじゃないもんね」

「誰が言ったって聞かないでしょ、ああいうタイプは。悔しいけど、私たちにはキュモールを止める権利なんてないし」

 キュモールはエステルの言葉に耳を貸すような人間ではない。それはエリシアも同意見だ。
 エステルの気持ちは分かる。キュモールを何とかしたいのは皆同じだが、何もできない。ならば自分たちに出来ないことより、出来ることをすべきではないだろうか。
 始祖の隷長が何故、満月の子を忌み嫌うのか。世界の毒とは何か。分からないことばかりで、少なくてもベリウスに会えば何かが分かる。今はキュモールよりも当初の目的を果たすべきではないか。

「知りたいんでしょ? 始祖の隷長の思惑を。だったら、キュモールのことは今は考えないようにしてはどう?」

「あんたと意見が合うとはね。あたしもベリウスに会うのを優先した方が良いと思う。キュモールを捕まえても、あたしらには裁く権利もない。どうしようもないなら出来ることからすべきだわ」

「フレンなら……!」

 自分のことか他人のことか、どちらかにした方がいい。暗にそう示したジュディスに同意したのは、普段意見が合わないことの多いリタだった。
 フレンならキュモールをどうにかしてくれる。ただ、彼がどこにいるのか分からない。まだノードポリカにいるのか、それともまた別の街にいるのか。

 けれど、フレンだって一騎士に過ぎないのだ。いくら同じ隊長だとしても、キュモールは貴族である。裁くにしても簡単ではないだろう。それこそ、ラゴウのように罪を軽くしようとするかもしれない。

「二つのことをいっぺんにしようったってできないのじゃ」

「そうだよ。ひとつひとつ、やって行かないと。みんな、エステルを責めてる訳じゃないの。出来るなら私だってぶっ飛ばしたい」

「エリシアの言う通り、あたしだってムカつくわ。今頃、詰め所のベッドであいつが大いびきかいてるの想像したら。でも……」

 エリシアもリタも、出来るならキュモールを捕まえたいし、街の人々を砂漠へ放り出すなんて許せない。
 住民たちにあんな仕打ちをしながら、自分は詰め所で眠っている。煮えくり返る思いだが、二兎を追う者は一兎をも得ず、という言葉があるように、上手くいくはずがない。それに、

「例え捕まっても、釈放されたらまた同じことを繰り返すわね、ああいう人は」

「だろうなぁ。バカは死ななきゃ、治らないって言うしねぇ」

 同じことを繰り返す、そう言ったジュディスの顔には、冷たい表情が浮かんでいる。レイヴンも彼女に同意するようにうんうんと頷いた。
 話を続けている仲間たちの輪には加わらず、ユーリは一人、壁に背を預けていた。
 エリシアがそんな彼に気付いて視線を向けるが、自分のことは気にするなと軽く手を振って見せる。彼女が再び、エステルと話始めたのを目で追いながら、ユーリはぽつりと呟いた。

「死ななきゃ治らない……か」



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あきゅろす。
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