[携帯モード] [URL送信]

の満月が昇る時
これが限界
「これがガキんちょに授けた知恵ってわけね」

 ヒステリックに叫んでも、馬車が直るはずがない。カロルがレンチで外した車輪は一つではなかった。後輪の二つが外れ、馬車の重みで砂に沈んでいる。外すだけなら簡単だが、これを直そうとすれば時間が掛かる。
 ユーリがカロルに授けた知恵なのだろう。そうこうしている内にカロルが戻って来る。
 頬は紅潮している上にうっすらと汗をかいていることから、かなりプレッシャーだったらしい。それはそうだろう。ばれればまず無事では済まないし、どんな目に合わされるかもわからないのだから。

「お疲れさん」

「ふーっ……ドキドキもんだったよ」

「でも、これってただの時間稼ぎじゃない」

 でも、と口を挟んだのはリタである。彼女の言う通り、ここで馬車を動けなくしても結果は同じ。キュモールをどうにかしない限り、彼らは遠からず砂漠に送られるだろう。
 それでも自分たちにこれ以上、出来ることがないのも確か。正面切って騎士団に楯突くことは出来ない。自分たちには何の後ろ盾もないし、エリシアも父に迷惑を掛けるつもりもなかった。エリシアはあくまで凛々の明星の一員なのだから。

「これが限界ね。私達には」

「……私たちはこれ以上のことは出来ないんだよね」

「騎士団に楯突いたらカロル先生、泣いちまうからな」

 限界だと言うジュディスに、エリシアも無理やり自分を納得させる。フレンなら別かもしれないが、自分達には何の権限などない。どうにか彼を砂漠に送らせるのを遅くするのが精一杯だ。
 エステルにはあるにはあるが、キュモールは彼女の話など聞かないだろう。

 騎士団の邪魔をすれば凛々の明星など直ぐに潰される。加えて、表向きにはユニオンと帝国は友好協定締結の真っ最中。そんな時に、ごたごたを起こせばどうなるのかは火を見るより明らかだ。考えるだけで恐ろしい。一つ間違えばユニオンと帝国の全面戦争だ。

「俺たち、気付かれる前に、隠れた方がいいんじゃなあい?」

「それじゃあ、私たちは……」

 キュモールに気付かれてはまずい。馬車の故障が自分達の仕業だとばれるだろうし、ヘリオードでの一件もある。こちらの印象も最悪だったが、キュモールもそれは同じだろう。
 おずおずと切り出したのは、夫妻の夫の方だった。マンタイクまで戻って来た以上、自分達と共にいるのは危険だ。それに彼らも一刻も早く子供達のもとへ帰りたいに違いない。アルフとライラも今か今かと彼らの帰りを待ちわびているはず。

「ああ。ガキどもに顔を見せてやんな。今回みたいにいつも助けが来るとは思うなよ」

「どうかお元気で。アルフ君とライラちゃんに早く顔を見せてあげて下さい」

 今回は偶然、発見出来たから良かったものの、住民の中には命を落とした者たちもいただろう。早く子供たちに顔を見せて欲しい。苦笑しながらも釘を刺すユーリの思いは、彼らにも伝わったはずだ。
 夫婦はエリシアの言葉に何度も礼を言って頭を下げると、子供達の元へと戻っていった。

「オレらも、宿屋に隠れに行くか」

 いつまでもここにいるのは危険だ。キュモールに気付かれるかもしれないし、二度目とは言え、砂漠越えはやはり体力を消耗させる。ユーリの言葉に一行は頷き、宿屋を目指した。



[*前へ][次へ#]

3/129ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!