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の満月が昇る時
海が見える丘
 エリシアたちはエフミドの丘を登っていた。結界が壊れているせいで、何度か魔物とも鉢合わせたが、難なく倒して進んでいく。
 暫く歩いた所で、細い獣道が唐突に開ける。表れた光景にエステルやリタ、ユーリでさえも驚いた。
 何故なら、視界一杯に青い海が広がっていたからである。太陽の光を受けて、きらきらと輝く様子は本で見るよりもずっと美しいとエステルは感じた。
 エステルが感嘆のため息をつく中、リタもまた目の前の海に見入っていた。これが海、そして海と空の間、あれが水平線なんだと。

「ユーリ、エリィ、海ですよ、海」

「分かってるって。……風が気持ちいいな」

 僅かに上擦った声から、顔を見なくともエステルがはしゃいでいるのが分かる。母なる海、全ての生命は水より生まれたと古い本で読んだことがある。生命を生み出すものであるから、海はこんなにも美しいのだろう。
 海から吹き付ける穏やかな潮風がユーリとエリシアの長い髪を揺らす。
 結界が破壊されたことにより、丘には魔物が徘徊している。戦闘の連続で少し汗をかいていたのだが、ユーリが言うように風が気持ちいい。

「海なら旅してると別段、珍しいものじゃないよ。でも改めて見るとやっぱり感動するね」

「本で読んだことはありますけど、わたし、本物をこんな間近で見るの初めてなんです!」

 感動しているエステルを横目にエリシアも笑う。
 ここは家や木々などの遮蔽物はない。見渡す限りの青い海は見慣れているはずの自分でさえ、一見の価値があると思う。
 海だけではない。森も魔物も目に映る全てがエステルにとって物珍しかった。読書は好きだから知識はある……と思う。
 だがその知識は残らず本で“読んだ”ものだ。本物を目にすることも叶わず、城で暮らして来た彼女には嬉しくてたまらなかった。

(良かった。エステル、もう大丈夫かな)

 お節介で心配性な彼女は色々と悩むことや考えることも多いだろう。今、エステルが置かれている“状況”についてもそうだと思う。
 だけどエステルはちゃんと前に進めてる。それが一歩ずつでも、悩みながらでも確実に。
 そんな彼女を見ていたカロルが少しだけ得意げに言う。

「普通、結界を越えて旅することなんてないもんね。旅が続けばもっと面白いものが見られるよ。ジャングルとか滝の街とか……」

「旅が続けば……もっといろんなことを知ることが出来る……」

 この世界の殆どの人間は外に出ることはなく、作られた箱庭の世界で生涯を終えて行く。ギルドの人間とは言え、まだ若い、十二歳のカロルやエリシアなどの旅人は珍しいのだ。
 エステルはカロルの言葉を噛み締めるように心の中で何度も反芻した。ザーフィアスからハルルまでここまで本当に色んな物を見て、感じた。旅が続けばもっと世界を感じられる。そう思うと嬉しくてわくわくして来る。



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