[通常モード] [URL送信]

君に届く歌
カーネリアンの願い
 『これ』は何なのだろう。分かっているのに、ルージュは理解出来なかった。
 否、理解したくなかったのだ。己の腕の中で横たわる愛しい人。カーネリア=ルージュ=スカーレットが愛した彼。
 彼を抱えたルージュの手は赤く染まり、彼の体にも真紅の花が咲いていた。こうしている間にも命の灯火が消えて行く。どうして、何故。全て言葉にならない。

「ルー……ジュ」

 彼がルージュの名を呼んだ。愛おしげに。彼の手が恐る恐るルージュの頬に触れる。紅玉髄の瞳からこぼれ落ちた涙が彼の手を伝った。

「いや……いやよ、カイン。私はこんな終わりなんて望まない……。どうして、どうして!?」

 どんなに治癒の喪歌を行使しても意味が無い。ルージュ自身も分かっていた。彼が、カインが負った傷は致命傷。竜が操る喪歌(きせき)も意味をなさない。
 今の彼に決定的に足りないもの。それは生きようとする力だった。いくら傷を治しても、生きようとする力だけはどうにもならない。どんなにもがいても変えられない。彼の命の灯火は消えようとしている。
 そんなルージュに対し、カインは穏やかに笑っていた。死を前にした者の表情とは思えない。愛おしげに彼女の頬を撫でて笑う。
 
「これで……いいんだ。生ある者はいつか死ぬ……それが今だっただけのこと、だから。ルージュの笑顔が見れなくなるのは残念だけど……これで良かったんだ。君は永遠を生きる竜。俺は刹那を生きる人。……いつか別れる時はくるんだから」

「そんなこと、言われなくても分かってる。私は『始竜』よ。だから何度も言ったじゃない! 私の眷属になればカインは永遠を生きることが出来る。今だって、私を受け入れてくれたら、貴方は『生きる』ことが出来るのに……」

 カインに言われるまでもなく分かっていた。ルージュは始まりの時より生きる竜。人と竜。持ちうる力も生きる力も違う。加えてルージュは始竜。世界の監視者である自分たちはただ一つの存在に心を奪われてはならない、ならなかった。
 それなのに、ルージュは彼を愛してしまったのだ。それが許されないことだと知りながら。

 始竜は己の力を分け与えることで、眷属を生み出すことが出来る。人や獣とて例外ではない。カインもルージュの力を受け入れるのなら、共に永遠を歩むことが出来るのに。
 何度も繰り返した問いだった。その度に彼は首を横に振ったのだ。

「……出来ない。ごめん、ルージュ。君と共に生きたいけれど、永遠を生きるなんて耐えられない。……俺は、人として死にたいんだ。……君の心に深い傷を残すと分かっていても、君と歩むことは出来ない。……でも、後悔なんてしないから。ルージュと出会い、君を愛したことも」

「……そうね、貴方ならそう言うと思ったわ。本当に酷い人。私の気持ちを知ってるくせに」

 泣いているのか笑っているのか、今のルージュにはそれさえ分からない。彼の答えなんて分かりきっていた。永遠を生きるには人は脆すぎる。自分以外の者が老いて死んでゆくのだ。愛しい者も親しい者も。
 皆が自分たちを追い越してゆく。そんな中で時が止まったように生き続ける自分。永遠の名を冠した甘美な美酒ではなく、地獄という名の毒薬なのだ。
 カインは全てを分かっていながら首を縦には振らなかった。

「何度生まれ変わっても、俺はきっと……君に恋をする。何度でも、何度だって。愚かでもいい、ルージュしか考えられない……」

「私だって……! 必ず見つけ出すから……」

 悲劇だってよかった。最後がハッピーエンドでなくても、後悔はしない。どんなに辛くても苦しくても、愛したことを後悔などしない。
 何度生まれ変わっても恋をする。最後に待つのが残酷な運命だとしても、同じ道を選ぶだろう。愚かでもいい、それほどまでに互いを愛していた。

「ルー……ジュ、愛して……」

 最後の言葉は彼の口内に消えた。目を閉じた彼は、眠っているようにしか見えない。穏やかな表情で。まるで母の腕に抱かれているように安らかだった。
 だがルージュには分かっていた。彼はもうどこにもいない。ルージュが愛したカインは長い旅路についたのだ。彼の眠りを妨げるものは何も無い。
 信じたくない、信じられない。愛していると言って欲しかった。

 けれど、彼がルージュの名を呼んでくれることは二度とない。愛を囁いてくれることも。
 ルージュは彼の胸に顔を埋めて泣いた。今は全てを忘れて泣きたかった。始竜でもなく、カーネリア=ルージュ=スカーレットではなく、カインが愛した『ルージュ』として。
 行き場のない感情。言いようのない悔しさと悲しさ、そして愛しさ。心が引き裂かれたようだった。いっそ、彼と共に死んでしまえればどんなに良いだろう。
 しかし共に死ぬことだって、ルージュには許されない。始まりの竜である彼女には。宿命という鎖に縛られ、身動きも取れないのだから。
 ルージュは物言わぬ骸となった彼の手を取り、己の胸に当てて微笑んだ。

「許されないのなら……。せめて私の心を一緒に持って逝って」




1/1ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!