君に届く歌 A だがアティ、と呼ばれた青年はチワワたちの声など聞いていないようで、ルカの元まで来ると、おもむろに彼の前にいた男子生徒の襟を掴んで投げた。 「え?」 「ア、アティ様?」 思わずほうけた声を出してしまったルカにチワワが戸惑いの声を上げる。しかし彼はルカたちの驚きなどそっちのけで、眠そうに目を擦るだけだった。 「だから早く消えてよね、きみたち。ぼくを怒らせたいの?」 身を翻し、ルカの前に立った青年は凍るように冷たい眼差しをチワワたちと男子生徒に向ける。優しげな美貌を持つ彼のその表情には迫力があり、これにはチワワたちも堪らず逃げ出した。 ルカにのされた男子生徒や、青年に投げられた生徒も何とか立ち上がって一目散にチワワたちに続く。 「だいじょうぶ? あ、もしかして迷惑だった?」 チワワたちが居なくなったのを見計らい青年は振り向き、ルカに尋ねた。 頬をかき、申し訳なさそうな顔をする彼は先程冷たい言葉を浴びせた人と同一人物とはとても思えない。 「いえ、ありがとうございます。助かりました。えっと……」 事実、彼が声を掛けてくれなければ困っていた。チワワたちは引き下がろという気はなかっただろうし、ルカも尻尾を巻いて逃げたくなかったから。助けてくれた礼を言おうとして、気付く。彼の名前を知らないことに。 ルカの戸惑いを青年も察したらしい。ああ、と言って自己紹介をした。 「申しおくれました。ぼくはイスラフィール=アティス=アマルティア」 にっこりと笑い、イスラフィールと名乗った青年に、ルカの思考が停止する。アマルティア、それはシルバーレイ、フィーニクスと並んで有名な豊饒のアマルティア、と呼ばれる一族だった。 「俺は……」 「知ってるよ、ルカくん、だったよね?」 イスラフィールと名乗った青年に倣い、ルカも自分の名前を言いかける。しかし、その前にイスラフィールがルカの名前を口にした。 「どうして」 「きみの名前は色んな意味で有名だから」 どうして、と問えばイスラフィールはそう言って笑った。色んな意味とはどういう意味だろう。 どう反応していいか分からないルカに、イスラフィールは柔らかく微笑んだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |